Submarine Dog

カテゴリ: ASAYAN

怒涛の3日連続更新!
でも短めに。



サエキけんぞうの次世代アイドル論

モーニング娘。『愛の種』の作詞家で、グループの立ち上げにも関わったサエキけんぞう氏が色々と語ってくれております。

3ページ目に5人時代の娘。の回想があるので、その中から一部抜粋。


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── テレビ番組から発生して、何枚売れなきゃ即解散となってましたけど。最初お仕事で携わったとき、正直、モーニング娘。ってどう思いました?

サエキ:「まぁ、ぶっちゃけその辺にいる人が集まっているだけなわけですから、特に何とも思わなかったですよ。ただ、当時はディーヴァ全盛でしたし、そういうニュアンスとはまったく違うわけなんで、異色なわけですから、これはおもしろいと思いましたね。で、動き出してみたら、実はそういう人が求められていたというね」

── この子たちを売ってあげたい!とかは思わなかったんですか?

サエキ:「売れればいいねってぐらいで、そういうことって現場はそんなに強く思わないんですよ。現場って割と淡々としているものなんです。やっぱりね、本人たちががんばらなければしょうがないというのがあるから。でも、モーニング娘。の子たちはスゴくがんばったと思います」

── がんばっている姿を見てて、だんだん感情移入したりはしなかったんですか?

サエキ:「福田明日香とかにはちょっとしましたけど、辞めちゃいましたしねぇ。まぁなっちもがんばってたし、みんながんばってましたから、もちろん応援はしますよ」
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サエキさんからは今までもいろんな話が出てきていて、今回もまた当時の状況がちょっとだけ紐解かれたというか・・・

明日香に感情移入したその理由を聞いてみたいところだが、まあ今は妄想の範囲に留めておこう(笑



うちのエントリーでサエキさんのことが書いてある回。
もんじゃ焼、食べる
もう少し別冊宝島の記事を書き起こした回もあったように思うんだけど、自分でも見つけられず・・・

そうそう、橋本さんはメロンの解散ライブ前後に大活躍されていたみたいで。

軽く情報を追っての更新。備忘録。


夏先生、サイゾーインタビュー

振付という部分においてはもちろん自分は素人なので夏先生の仕事ぶりについて論じるだけの知識を持っていない。
このインタビューで自分が気になるのは、教わる側のメンバーとの距離・人間関係、それとステージに立つ上での気持ちの持ち方への夏先生の基本的考え。

旧娘。メンバーやAKBの初期の頃から関わっているメンバーの夏先生との繋がりを思うと、ぜひともそれらメンバーに読んでほしいなと思う。
全部が正しいとは思わないけど、忘れかけていること、見失っていること、けっこうあるんじゃないかな・・・

(気になった方はインタビューの続きをどうにかして読んでね(笑 LOVEマシーンの頃の話やあの頃のなっちとのやりとりも載ってます)



AKB48初のドキュメンタリー映画、2011年1月公開決定

以前からところどころで書いていた、旧娘。ヒストリーの映像化、あるいはドラマ化への欲求・・・けっきょくは実現する日が来ることはなくて、片やAKBは1000本のテープの中から記録映画を作りだすと・・・

旧娘。サイドもいろいろと権利関係が大変なのは分かっているものの、あの電波少年ですらDVD化されたことだし、ぜひともASAYAN等も商品化してほしいな。
残っているかどうか分からないけど、ASAYAN時代の未放送VTRって相当量あるはずなんだよね。その中には10年経った今なら放送できるって部分もあると思うので、ぜひとも見てみたい。

『Never Forget』や『21世紀』のレコーディングシーン、おそらくもっと残っているはずの『ふるさと』PVのメイキングVTR、ちょっと考えただけでもいっぱいある(笑

AKBも映画一本にしないでDVD5本とか10本で作ればいいのに、1000本のテープを2時間にしてしまうのはちょっともったいないように思う。



元アイドリング!!!2号小泉瑠美、NASAエンターテインメント所属?

この記事のYU−Aという人がNASAエンターテインメントに所属しているのだが、なんといっても注目はアイドリング!!!卒業後、ナベプロからも消息を絶っていた小泉さんの名前を発見できたこと。
そしてこのNASAエンターテイメントが和田さんのハーモニープロモーションからのソニンの移籍先であること。

まだNASAエンターテインメントのサイトには小泉さんの名前がないのでなんとも言えないが(koizumi.htmlでページの準備はされている)、NO KISS時代から小泉さんの歌声はけっこう好きなのでこれは楽しみ。

このNASAってところはなにかと情報的に縁があるなあ・・・
もう書けないこともあるんだけども(笑

今日は芸能ニュース的なことをざっと。
ちょっと前の情報も含めて脳ミソにインプット。



ハーモニープロモーション所属タレント変遷

大沢あかね提携解除(6月くらいに確認済)
溝口真央提携(6月くらいに確認済)
永田杏奈提携(今回確認)

大沢さんは元からの所属事務所・テンカラットには残留。
永田さんは映画『バトル・ロワイアル』に出ていたので記憶に残っているが(柴咲コウとやりあった役ね)、ブログの写真と見比べるとまったく記憶とリンクしなかった・・・



●佐々木&田口&小林ランチ

なんのことやらと思われるかもしれないが、Say a Little Prayerのたぐっつぁんこと田口理恵、ハロ系のドラマにもちょっと出ていたこともあるABYSSこと小林優美、華原朋美の再来かと言われた佐々木ゆう子の3人が仲良く昼食会。

この3人は何の繋がりかといえば、ASAYANのデビュー予備軍「AIS」のメンバーということ。

AISの活動当時から早14年。
モーニング娘。の先輩にあたる彼女たちがまだ交流を持っているってすごいね。
しかも一緒に活動していた期間は1年あるかないかくらいだったんだから・・・

佐々木さんは今年10年ぶりに本格的な音楽活動を再開!
こういう話を聞くとうれしい。

Say a Little Prayerの活動後、ソロ歌手でも活動していたたぐっつぁんは現在は青山でまつ毛エクステのアイリストとして仕事をされているとのこと。相変わらずお美しい(笑

小林さんは去年のクリスマスイブに結婚して、もうお子さんは生まれたのかな? 今は台湾が生活・活動の拠点。


3人のランチの様子はこちらこちら

  ・田口理恵ブログ
  ・小林優美ブログ
  ・佐々木ゆう子ブログ

佐々木さんは来る9月29日にライブとのこと(詳しくはブログへ)。
こちらではASAYAN時代の話もちょっぴり聞けます。



●も一人

ナイナイの岡村さんが体調不良で休業しているのはASAYANやめちゃイケ岡女シリーズでさんざん笑わせてもらった自分としては残念なのだが、そんな岡村さんにASAYAN番組内でアプローチをかけていた(もちろん冗談半分の話で)AISのメンバーを覚えている方がいるだろうか?

たしか当時13歳か14歳。
石井ゆきという福岡の女の子。

佐々木さんの活動再開を知って検索してみたら、なんと彼女も戻ってきているではないか。

  ・石井ゆきブログ

雰囲気はかなり違うが、それもまた10数年という時間の経過ということで・・・


こうなったら岡田幸絵さんもどこかでお会いしてみたいものだ・・・

  ・ASAYANデビュー予備軍・AISメンバー一覧



●GaGaalinG解散

元アップフロント・Zetima所属のビジュアル系ゴシックバンドのGaGaalinGが解散

バンドとしては2007年くらいにZetimaを離れていたと思うが、ボーカルのMYMはその後もアップフロントに籍を置いていたはず。今はその籍もない模様・・・

犬神サーカス団もそうだったけど、けっきょくロック系の歌手・グループとは合わない会社なのかなー。
ん、シャ乱Qは? 演歌?(笑



河村さん歌手活動

アイドリング12号の河村さんではなく・・・、ロックボーカリストオーディションで明日香や兜森さんと共に東京予選を勝ち抜いた河村理沙さんがステージに立っているらしい。

たしかロックボーカリストオーディションの時は音楽学校に通ってたんだっけ?
合宿で一番怒られていた印象が残っているけど、今もまだこうして歌っていることはうれしいね。

少し運命の歯車が違っていればモーニング娘。のメンバーだったかもしれないわけだし・・・
(河村さんは当時事務所に所属していたので5人に選ばれなかったという説がある・・・)
ま、今となってはの話かな、これは。



・そういえば、1期メンバーが11月に3人でイベントをやるとか。
もうFCとは関係ないところにいるので、今さらその情報を知る。

 3年前の10周年記念パーティーみたいなもんでしょうか?
 彩っぺはブログで「また一緒に歌う機会があれば」みたいなことを書いていたし、3人プラスαがあり得るのかなあ・・・? 彩っぺだったらVTRで出演とかはあるかもしれんね。

 あ、一つ思い出した今月22日の朝8時半くらいから「福田明日香」での検索が爆発的に伸びていたのだけど何かありました?



・とまあ今回は対象年齢高めでお送りしました(笑






1999年9月9日、9人で発売する予定だった『LOVEマシーン』から10年。

去年やれば「9周年」だったな、なんてことを今さら思いつつ
月日が経つ早さを改めて感じる今日という日。

思えばこの曲を最初に聴いたとき、イヤでイヤでたまらなかった。
ナイナイの岡村が「今までで一番好き」と言ったり、ノリが良くて能天気な歌詞はハマる人にはかなりハマるんだろうなあと思ったりもしたが、個人的には「ノー」だった。

それは今まで彼女たちが歌ってきた曲調とあまりにもかけ離れていたから。
『抱いて!HOLD ON ME』『Memory 青春の光』、そしてアルバム『セカンドモーニング』に収められた曲群という1年の流れからすると、『LOVEマシーン』はかなり異質だ。

『抱いて!HOLD ON ME』から『セカンドモーニング』の1年間の活動の中で、彼女たちは曲がりなりにも「アーティストを目指す」と言いきることが出来ていたから、自分の中で次回作への期待が膨らむだけ膨らんでいた。
そこには『ふるさと』期での紆余曲折からどう立ち直っていくかという「物語」も含まれていたから。

でもこの曲は自分の期待などというちっぽけな願望を吹っ飛ばすだけの勢いがあった。奇抜な振り付けとも相まって、テレビの歌収録やPVの収録には発売前から多くの業界関係者が見学に訪れていたという。

明日香卒業後のメンバー間の不和や今後のモーニング娘。の展開に悩みを抱えていたメンバーたち(姐さんはストレスで10円ハゲが出来ていた)。そんなメンバーたちにもこの曲は勢いを取り戻させる効果を発揮した。

特にこの曲に並々ならぬ気持ちで臨んでいたのが彩っぺ。
PV撮りからテレビの歌収録、イベントまでとにかくハイテンションで『LOVEマシーン』を歌い踊っていた。
この曲の力を真っ先に感じとり「なんでもいいからとことんやってやれ!」という気持ちで突っ走り、さらに他のメンバーにもその気持ちを波及させていった彩っぺ。
…その彩っぺはこの曲の成功を機に引退を決意した。


それとこの曲を面白くしていたのが『ASAYAN』での紹介の仕方。
特にレコーディングでの密着とその「見せ方」には『ASAYAN』がそれまでに培ってきた技術が生かされており、それがさらに「4期加入」や「めちゃイケ学力テスト」の映像に発展していくこととなる。
つんくのレコーディングブースでの面白さを際立たせたのもこの曲からだったかな。

懐かしい映像をちょっと振り返ってみよう。
























実は『LOVEマシーン』はPVよりもこのASAYANの映像を見ている方が好きだったりするのだが、改めて見直してみるとこういう形のPVってのもアリなのかもしれない。ただ微笑んでいるだけのクローズアップバージョンよりも、こちらの方がより曲を「プロモーション」しているように思う。

まあ何にせよ懐かしい。それに尽きる。


それと当時のASAYANを見てみると、この頃までレコード店への挨拶回りしてたんだなあと思い出した。








店頭にポスター貼ったりサイン書いたり、店員さんたちと記念写真撮ったり、こういう活動していたのはこれが最後だったっけ? 
プライベートでレコード店に行って、自分たちのCDの売り場所を良い場所に勝手に変えてきちゃったりと、この頃は地道な活動も「青春」してたっけ(懐


最後に忘れかけていたものをいくつか。

『LOVEマシーン』レコーディングブースで、カオリの間違いに総ツッコミ(笑


ASAYANでの『LOVEマシーン』初披露


幻の『乙女の心理学』を2点 by めがねーず

これがずっと見たかった…



それからなんと言ってもラブマカップリング曲の『21世紀』


当時の歌う姿が残っている映像はASAYANのレコーディングブースのものだけだろうか? 歌われたのは99年の秋のコンサートだけで、この99年秋から翌年の紗耶香の武道館までのライブ映像というものがほとんど商品化されておらず残念極まりない。

この『21世紀』しかり、『お願いネイル』『パパに似ている彼』『トウモロコシと空と風』など、今でも見たいと思っているライブ映像がたくさんある。今さらなんとかしてくれません?UFさん!(笑

『21世紀』は2007年に行われた「愛の種」完売10周年のイベントで歌われた。
「あのツアー以来」「この歌をどうしても歌いたい」と紹介し、姐さん・なっち・圭ちゃん・矢口の4人が涙で目を潤ませながら歌っていた。



この曲があったから自分は今もここで書いていられる…
『Never Forget』や『愛の種』と並んで自分と娘。との関係にとって精神的に最も重要な曲の一つ…それが『21世紀』。



『LOVEマシーン』と共に『21世紀』からも10年。

10年前のその日を振り返るテキストをいくつか書いてきたけど、そろそろそれも終わりに近付いている。あとは彩っぺ卒業かな…

自分の心の中から楽曲含めすべてを応援していた1997〜1999年という時代はすべて10年以上前の出来事になる。
2000年以降はね、ちょっと単純に「ファンでした」とは言えない複雑な心内なのだ。


…うーん、日本の未来はどうなるんだろうなあ。
10年前は感じなかったけど、『LOVEマシーン』みたいな明るくなれる曲が今こそ求められているのかも。






平家がグランプリを獲得して、落選者たちはそれぞれの生活に帰って行った。

石黒は戻るとにすぐに合宿でダンスが出来なかったことを反省しダンスの教室を探し始める。またバンド活動で「ティーンズ・ミュージック・フェスティバル」(10代を対象にした誰でも参加できる音楽イベント。全国で行われる予選を勝ち抜いた本戦出場者にはメジャーデビューのチャンスがある)に向けて新たな曲作りも始めていた。さらに、オーディションの悔しさから毎日走っていたという。

室蘭に戻った安倍は落ち込む日が続いていたが、帰るとすぐに彼女の元には芸能事務所から「うちからデビューしませんか?」と電話がかかってきていた。大手の事務所だったらしいがASAYANスタッフから事務所に入ったり、新しいオーディションを受けることを受けることを安倍は止められていたという。

ASAYANにそのことを連絡し「まだ返事してないよね?」「また連絡しますから」と言われた安倍はASAYANを信じて待つことに決めた。この時にASAYANを信じた理由を「番組上としてじゃなくて、一人の人間としてちゃんとケアしてくれていた。そういう人たちがいたから…」と安倍は語っている。ASAYANのスタッフは過酷な試練を彼女たちに与え続けたけれども、優しさは忘れることなく彼女たちと接していたようだ。

中澤の元にASAYANのスタッフから電話がかかってきたのは、大阪の仲間と一緒に徳島の海に遊びに出かけちょうど海岸に着いたところだった。仲間たちがオーディションが終わった中澤を励まそうと、みんなでこの日海を渡って出かけてきたのだ。

一番になれなかったけれども、生まれて初めて一生懸命になれたことに満足してオーディションから帰った中澤。
ずいぶん会社にも迷惑かけたし、これからのこともちゃんと考えないといけないけど、その前にこの残り少ない夏を満喫しよう…そう思って出かけた海への旅行だった。

そこにかかってきた電話。
「何も聞かず、何も言わず、もう一度東京へ来てください」
そう言われた中澤は涙が止まらなくなってしまう。周りの仲間たちが心配するくらい中澤は泣いていたのだ。
「なんでまた東京?」
「もしかして、まだチャンス残ってた?」
…中澤はこのときに自分が一番になれなくて悔しかった本当の自分の気持ちに気がついた。満足していたのは自分が落ちたことを納得させるためだったと気付いたのだ。自分はまだ終わってない…そう思ったら涙が止まらなくなったのだった。

…中澤は何も分からないまま再び東京に向かう新幹線に飛び乗った。

そして石黒と安倍、飯田と福田の元にもそれぞれ電話がかかり、何が待つかも分からない東京に5人が集う。



<つづけ>



ASAYANの記憶が残っている人はお分かりだと思うけど、「散歩道」で書いていることはASAYANそのままではありません。たぶんASAYANそのままの物語は半分くらいだと思う。

その頃に彼女たちがインタビューとかで語り残したことだったり、もっとずっと後の時代になって彼女たちが思い出として語ったこと、書いたことも元になっている。

でもASAYANのモーニング娘。の企画もね、ASAYANから与えられるだけの話じゃなくて、当時からその裏にある彼女たちの葛藤や人生が見え隠れしていたから面白かったんだと思う。

時々ASAYANは所詮作られた物語なんて批判も見かけるけど、それは表面だけを見ればそうかもしれないけど、決してそうではなかったよ。そしてそれには多くの人が気付いていた。多くの人たちが自分たちには出来ない夢の世界、夢に向かって真っすぐ進む気持ちを彼女たちを通して見ていたのだと思う。同じように悩んだり挫折して生きている多くの人たちの共感があそこにはあった。

ただ、これは知らない人に理解してほしいわけではない。例えば自分が1997年のモーニング娘。から10年遡ったアイドルに興味があるかっていったら全然ないし調べようとも思わない。それは余程興味がわかなきゃ難しいことだと分かっている。だからそれについて書くことはしない。だって知識も経験もないんだもの。

年長メンバーのハロプロからの卒業でね、そういう点も住み分けができていけばいいなと思ったりするのだ。

1997年8月14日。

最終審査が終わってから10日あまり、再び11人は東京に呼び集められた。シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディションの優勝者がついにこの日発表されるのだ。

予選会場に足を運んで1次審査を受けた参加者約9900人。その頂点が選ばれ4ヵ月にわたって繰り広げられたオーディションもようやく終わる。

安倍は即キープで最終審査に進んだこともあって「もしかすると」という期待を胸に上京してきていた。前日から泊まり込んでいたホテルでは飯田と同室だったが、飯田が「優勝は平家さんかなあ」と言っている横で期待の膨らみ過ぎた安倍の鼓動は高まるばかりだったという。

しかし、この時の合宿メンバーの仲間内の予想では「ロックボーカリスト」という募集で開催された以上、平家か石黒のどちらかだろうという予想に概ね落ち着いていた。安倍は岡村から「実写版綾波レイ」と言われるほどビジュアルとしてはアイドルに傾いていたし、福田は最終審査の歌審査直前のフラフラの状態を知られていたから、予想の中には入らなかった。

グランプリの栄冠は歌で抜群の力を見せ、合宿生活もダンスにも必死に取り組んだ平家みちよの頭上に輝くことになる。即戦力を求めていたはたけの要望とも合致していたし(11月のシャ乱Q武道館ライブに立たせることになっていた)、回りの参加者からもその実力を認められた栄冠となった。オーディション開始時から自分のことを「凡人」と言い続けた平家が凡人でなくなった瞬間だった。





落選を受けて後のモーニング娘。となる5人は最後の心境をこう述べている。



「ちっちゃい頃からずっと歌が好きで、何時間歌っても飽きないんですよ。だから私には歌しかないなと思って。売れなくても自分が好きな音楽をやっていけたらって思ってます」(福田)



「とりあえず、今の生活からは抜け出したいんで……。これからも人生冒険します」(中澤)



「ASAYANしかないから、オーディションって。だからASAYAN……また受けます」(安倍)



「やっと終わったって感じ……。(平家には)おめでとう、って。ホント嬉しかったし」(飯田)



「歌も頑張ってたし、ダンスも頑張ってたし、平家さんは自分より全部上だったんで、認められます」(石黒)

<コメント部『モーニング娘。5+3-1』より抜粋>

こうしてオーディションは終わり最終予選で敗れた面々もそれぞれの地元に帰って行くのだが、安倍は室蘭の自宅に帰るまで…いや帰ってからも泣き続けた。どん底まで落ち込んで泣いていた安倍のところには飛行機のスチュワーデスまでが慰めにやってきたという。機内で配るお菓子を差し出し「これ食べて元気出して」と、まるで子供をあやすようだった。この後何十回と羽田と千歳を往復することになる安倍はこのスチュワーデスの方と再会したという…

また、関西に向かう新幹線組の二人は平家が中澤に「整形した?」と最後の質問をしていた。もちろんこれは二人の中での笑い話なのだが、こちらは札幌組とはうって変わって明るい帰路となったようだった。

これでオーディションはすべて終了、誰もがそう思っていたがこの後事態は急展開を迎えることになる…



<つづけ>

*8で明日香の記述をちょっと足しました。

最終審査では11人を一つのグループとしてダンス審査を行った。

そのダンス披露で選ばれた曲は『リーチ』。
ダンスレッスンを担当した夏まゆみの選曲で、曲名と手を伸ばす振り付けには「みんなが夢に手が届きますように」という願いがこめられている。

ステージ披露の前に夏先生と11人が円陣を組んで気合いを入れる。
「一番良い状態を見せるんだよ」と夏先生は11人を送り出した。

…そしてダンス披露。



結果は夏先生にとって満足のいくものではなかった。
戻ってきた11人に頑張っていたことは認めた上で「練習のときの方がよかった」「これからプロとしてやっていくつもりなら本番こそがすべて」と涙ながらに怒る。11人もその夏先生の熱い思いと情熱に打たれ、また「今日で会えなくなる子がほとんどで…」との夏先生の言葉に全員が涙していた。

この時のことを中澤は「夏先生は最上級の愛とエネルギーを与えてくれた」と後に語っている。単なるスパルタ教育ではない、そこには後に繋がっていく深い心の繋がりが生まれていた。











その後に行われた個別の歌審査。
シャ乱Qはたけによって直前にメロディーラインの微妙な変更があり、それが11人を苦しめることになる。「プロになるからにはこういう変更はいつでも有り得る」とはたけから説明があったが、緊張の極限状態にあったオーディション参加者にはかなり酷な要求だったようだ。

福田はダンスの後の夏先生とのやり取りを引きずっていて、歌審査の直前まで泣いていた。福田自身はダンスは踊れていたと思ったらしいのだが、周りの泣いている空気にのまれ、ずっと張りつめていたものが爆発してしまったのだ。歌う間際になっても立ち上がれず、気力がまったく出てこなかった。意外なことにこのときボロボロだった福田を励ましたのは最もオーディションで目立ち個性的な兜森だったという。兜森の励ましを受けてなんとか福田はステージに立った。

この歌審査で使われた曲が合宿で使った課題曲であり平家みちよのデビュー曲である『GET』。平家がハロプロを去ることになった2002年のラストライブでも『GET』は最後の最後に歌われている。

この歌審査の直後にシャ乱Qと和田マネージャーによる個別面談があり、それが終わったあと一旦解散となりそれぞれ帰郷した。帰りの新幹線では緊張から解放された中澤が平家にビールを買いに行かせて、平家が戸惑って相手をしたとかそんな話も伝え残る…

平家はこのとき高校3年生の18歳。
中学1年の頃にGAOの『サヨナラ』という曲と出会い、この歌をすごく好きになったことが歌手を目指すきっかけだった。GAOのファンクラブに入り、いつか会うこともあるかもしれないと思い、必死になって『サヨナラ』の練習を積んだ。

中学2年の修学旅行のバスの中で平家はこの歌を披露する。
それまで地味に学校生活を送っていた平家だったが、この時は今まで見向きもしなかった同級生たちが平家の歌う姿に振り返った。
いよいよ平家は歌手を強く志すようになる…

中学2年からオーディションを受けること十数回。ASAYANのオーディションも3回目。平家の夢はあと一歩のところまで近付いてきていた。


GAO『サヨナラ』


Rie ScrAmble『文句があるなら来なさい!』


※『文句があるなら来なさい!』は平家や石黒をはじめとして当時のオーディション参加者の多くが歌っていた。このRie ScrAmbleのボーカル・藤原理恵は元C.C.ガールズの一員で、後にASAYANの演出家だったタカハタ秀太氏と結婚。



<つづけ>


息切れしてきました。

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