Submarine Dog

カテゴリ: 矢口真里


自分の中で「芸能界を向いて仕事をする芸能人(A)」と「大衆を向いて仕事をする芸能人(B)」ということでなんとなくの線引きがある。

テレビで活躍する芸人さんはほぼほぼAになると思うのだが(否定しているわけではない))、長年やっていればいろんな義理や縁、しがらみが生まれるし、その中での話の盛り上がりもあるからそれはそれでいいと思う。

その線引きで言うと復帰後の矢口さんはどっちに舵を切るかという部分が曖昧なまま来ているのではないかなと思う。

活動休止前も限りなく基本はAに近かったが、それでもBになる場面は度々あった。圭ちゃんとライブやったりするのはまさにそれだし、イベントでの選曲等にもそれは現れていたと思う。

また、現在バラエティ番組に出演して共演者から求められているスタンスは100%「A」。それをかろうじて「約束があるから言えない」という部分でかわしている。

では今後どうするのか。
ロンドンブーツの敦氏に対して感謝するのも、ヘキサゴン仲間と楽しくやるのもいいと思う。
そしてもちろん元モーニング娘。のメンバーたちと強い絆で結びついているのも喜ばしい。

で、その先。
例えば矢口さんの復帰を待っていた人たちにどう向き合うのか。
矢口さんのライブを待っていたファンに何を伝えるのか。

叩いている人たちと向き合うのはもうやめてもいいと思う。
あれだけ叩かれればネガティブな考えにいくのは仕方ないとは思うけれども、「特に気にしない」って人は積極的には発言しないから、本当はそういう人の方が多いんじゃないの?とは伝えたい。

Aだけになってしまうと、それはもう「向こう側」といった感じで、話のネタにしている以上引き返せないところに行ってしまう。

プライベートを切り売りしている芸能人には矢口さんには正直なってほしくない。
しっかり「裏表」作って、表の顔で出てほしい。

矢口さん自身がまだ何も決断出来ない感じなので、もうしばらくは様子見といったところか。

この辺の微妙な舵取りが出来そうな人材があそこにいるのかなとは不安になるが・・・

今月は運気でいうと相当なマイナスで、まあそれに伴い出費も激しいので緊縮財政に。
そのため根本的なスケジュール、外出から買い物まですべて予定が狂っている。どうにもツキがない。

29日に関してはもうそこに決まった時点で諦めモードなので、行かれる方楽しんで来てください。そして何か面白いことがあったら教えてください(笑)


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数日前に矢口さんがテレビに出演していた。
休業中に世話になったというロンドンブーツの敦氏のアシスタント役なので、そういう人と人の繋がりで出た番組なのだろう。最初のとっかかりはそれでもいいのかなと思った。

中澤さんの言葉ではないが出来ることならば早くあの世代と一緒の仕事を見てみたい。
ちょこっと矢口さんが歌うシーンがあって、あれならばまだ往年の高音ハモがイケるのではないかなと(笑) まあバラエティ方面に活路を見出すとしても、一回そちらの「本業」でピシッとしたものをやって欲しい。

番組では肉食系女子の話もしていたが、それも特に驚くことはなく・・・ 脱退時のことから色々と言われるのかもしれないが、もうそれは脱退時よりもずっと前から分かっていたことなので今更の話ではある。

飯田さんが苦笑いしていたという意見も見かけたが、それは矢口さんへというよりは自身に向けた部分もあったのではないだろうか。1998年の下ネタ連発のオールナイトニッポンや1999年後半の件や2000年のブブカ騒動とか見ていれば、どうということもない。そもそもがモーニング娘。が始まった時に恋愛禁止とかそんなルールはなかったし、すべてひっくるめて苦笑いするしかないと思う。

ASAYANの審査プロフィール用紙に彼氏の有無の項目があって、その用紙が露出されているような状況でも、彼氏の有無に対して目くじら立てているような人もほとんどいなかった。忙しすぎてどうせ別れることになるというのが当時のスタッフたちの認識ではなかったかと思う。

そんな流れで自分は見ていたので、『ピンチランナー』のメイキング映像で海岸で携帯で話している矢口さんを見て、「ああそういう電話なんだろうなあ」と秘かに思っていたことも、今となっては懐かしい。

ちなみに『ピンチランナー』は映画本編ではなくメイキングにこそドラマがあるので、あの時代を通過してない方にはぜひ見てほしい映像。映画の「モー娘。走る」というキャッチコピーの裏テーマや、あの当時のブレイク後のメンバーたちの寂寥感がよく出ている。

1999年ブレイク直前のメンバー間の不協和音とはまた違って、ブレイク後の環境変化への寂しさがあったのではないかなと。メンバーが一人二人と去り、スタッフやASAYANにも変化があり・・・という時期だったので。

話が逸れたが、まあ矢口さんは休業前とそんなに変わらずやってくれればなと。ワイプは個人的には嫌いなのでワイプモンスターはいらないのだが(笑)

矢口さんが出演した10月23日放送の『ミヤネ屋』を見る。

心配は杞憂に終わり、落ち着いた感じで番組は進行していた。

内容は掘り下げることもないと思うのでいちいち触れないが、矢口さんの対応は現在の状況の中じゃ最良のものだったのではないかと思う。

プライベートの切り売りもせず、関係者とファンへのお詫びを口にし、ざっくりと一年半を説明でき、私個人の感想としてはこれ以上望みようもない形になっていたと思う。
宮根氏の話の持っていき方も上手く、かなり助けられたなと感じた。

今後はどうなるかわからないとのことだが、今日の感じを貫いていればいい方向に向かっていくのではないだろうか。

気を付けてもらいたいのは、恋愛話しか能のないBIGな司会者、復帰後やたら人のスキャンダルを笑いにするようになった99%面白くない小さいおっさん、つばを飛ばしながら自分の意見を大声で言えば面白いと思っている爆笑とはなんぞやと問題にしたくなる芸人気取りのタレント、その辺と絡むとき。

結局自分たちの笑いしか考えてないので(笑いと呼ぶのもおこがましいが)、おそらく矢口さんはこの辺の人たちと仕事で絡むことも出てくるだろうから、勢いに巻き込まれないでほしい。

気になったのは宮根氏も隣にいた芸能レポーターも言っていた、矢口さんの「泣かないイメージ」かな。

あんな泣き虫な子いないんだけどな…

メンバーの卒業ライブで泣き、ラジオで感極まって放送事故寸前、会場のサイリウムを見ては泣き、自分の中じゃ涙もろい矢口というイメージが出来上がっているので…

今日もよく泣かずに最後まで耐えきったなあと思って見ていた。


まあ、とりあえずは一安心といったところかな。
おめでとうと言うのも違うし、良かったねというのも違うし、ひとまず元気そうな姿を見られたということで、盟友たちも喜んでいるんじゃないかな。




そういえば昨日は気付かなかったが、昨日でこのサイトちょうど12周年でした。
前身の某掲示板で書いてた頃を含めればもっと長くなるけど、まあよくやってるなと(笑)

書ける時には書くというスタンスは変わらないので、たまーに覗いてやってください。

ご無沙汰しています。
自分の入院のあと、尋美さんのお墓参りに行って、さあ何か書こうかなと思ったところで家族も大病を患ってしまってずっとごたごたしていました。
幸い落ち着きのある生活が戻ってきたので少し何かしら書いていこうかなと思います。

というか、胃を手術して良くなったら一気に太ってしまって、本当は体を動かさないとまずいんだけど(笑) でも今しか書ける時間がなさそうなので、こうしてPCに向かっています。





さて、何を書くかと迷って各サイト・ブログを巡回してみることに。
そこで目についたのが市井さんの娘さんがもう10歳だということ。
時が経つのは早いというか、あの熱くなっていた時代がどんどん離れていく。
これを書いている今(10月13日)からしてりんねが牧場を去ってから12年もの時間が経っている。

また、安倍さんを『ミュージックステーション』のニュースで見たり、カントリー娘の小林さんもテレビで見かけ、フジテレビのきくちさんの異動が聞こえてきたりと、このサイトで追い続けていた方たちの情報はやはり気になって見ていた。

しかし心境の変化というか、何か自分の中で受け止め方が変わってきたなという感じもした。
それは漠然としたものだが、時代が区切られたとでも言うか、あの熱かった時代がものすごく遠いものに感じられたのだ。

学生時代に親しくしていた同級生をたまたま見かけて「ああ元気にやっているなぁ」と思ったとでもいうか。ちょっと疎遠になっていて逆に連絡取りづらい、そんな距離感とでも言えばいいか。

おそらくあの頃同じものを見て熱くなっていた方の大半はすでにそういう心境になっていたのだろうが、自分はそうなるまでこれだけの月日がかかった。
「交わらない」日々がそういう心境にしたのかは分からない。しかしあの頃が確実に遠い存在になったことは感じられた。
それでも遠くなったとはいえ忘れられない記憶であることも確かで、そしてどうしようもなくたまらなく好きな記憶であることも確かで。

そんな記憶も交えつつ、現在のことを少し書いていこうかなと思う。



当サイト、真っ先に書かなきゃということで。
まずは福田さん。

PEACE$TONEは8月にライブをやったが上記の事情で当然行けず(明後日は行けるかも)。

ちょっと停滞気味かなとも思うが、それは彼らの根本的な生活の事情もあるだろうから贅沢は望めまい。レコーディング環境やスタジオのレンタル等含め、こればっかりはどこかが早くバックアップしてくれることを望むしかない。
何度も書いている通り、ライブありきのバンドだと思うので歌うこと自体は心配していないのだけれども。

彼らは7月18日にスマホ放送のNOTTV『エンダン』に出演。
ここでAKB48(今年移籍したので正確にはSKE48)の佐藤すみれさんと共演。
佐藤さんはモーニング娘。Happy8期オーディションの最終候補者なので(同オーディションにはAKB48柏木由紀・田名部生来・アイドリング!!!河村唯・SUPER☆GiRLS渡邉ひかるらが参加)、ほんのちょっとした運命のかけ違いでまったく違った出会いになっていた可能性もあったのだなと思う。

2006年だと福田さんはまだ21歳。
21歳の明日香と13歳のすーちゃんが在籍するモーニング娘。

妄想の世界ながら見てみたかった(笑)

葛藤日記の後、何か具体的に動きが見られるのかなと思ったらそうでもなく、福田さんは相変わらずのマイペース(っぽく見える)。まあ上を目指すアイドルという立場でもないし、事務所的な縛りや制限もないだろうから、ゆるゆるという形でもいいのかなと思う。

もうちょっと歌の世界というか意思が見えればとも思うが、その辺は寺さんを立てるって感じなのかな。注文できるサイドにはいないので、この辺は自分は受け入れるだけです、はい。

自分の思いとして、「いつかは」って強く思う部分はあるけれども…



矢口さんはどうなんだろう。
明日出るとか出ないとか。

これまた以前書いたことではあるが、どこが戻る世界なのかじっくり考えて自分のいいと思うところに帰ってきたらいいと思う。

直接迷惑をかけたところに謝罪回りすれば自分は謝罪会見なんていらないと思うが(不特定多数の世間様に迷惑をかけたわけではない。世間を騒がせたのはメディアと他人のスキャンダルが大好きな赤の他人であって彼女ではない)、まあそれはそれで角が立つのだろうから謝罪会見をしなければいけない状況に追い込まれるのだろう。

たしかに矢口さんのしたことは褒められたものではない。
でもこれまで生きていれば似たような話は多少なりとも聞くわけで、ある程度の嫌悪感は感じるが結局は赤の他人のことなので流せてしまうんでね…

ただ一つやめてほしいと思うことは、博多に行った某アイドルグループの某メンバーのようにそれをネタにして露出を増やさないでほしいということ。話術のない芸人や司会者にとっては格好のいじり易いネタで、それに応えれば業界的な受けもいいだろうし、それが次の仕事に繋がる部分もあるだろう。

でもそれをやってしまったら騒いだメディアや業界に乗ったということであって、自分の中ではそこで一線を引くことになるのだろうなと思う。生き方としてはありだと思うけど。


まあ姿も見てない現況で考えることでもないか、これは。
明日の出演は日テレ『ミヤネ屋』らしいが、どうもいい予感はしないな…

市井さんへ矢口さんから誕生日と新年のお祝いメールが

今回は以下の文章は昔の呼び方で書かせていただく。ここ最近は敬称呼びに変えていたのだが、今回の話はそれだと自分的にしっくりこない。


矢口と紗耶香、それに圭ちゃんは1998年4月に2期生としてモーニング娘。に加入した同期生。*1

手売りで5万枚のCDを売りメジャーデビューの夢を掴んだオリジナルメンバーの5人とは加入当初は溝が深く仲良くなるまでには時間がかかった。自然と3人で固まることが多くなり、特に初期の頃は紗耶香と圭ちゃんは同じ千葉県出身ということで結びつきが強かった。

矢口が1998年秋からタンポポの活動が忙しくなったのに比べ、この二人には中々出番が巡ってこない。また、東京寄りの千葉県内に住んでいた紗耶香に対し、圭ちゃんは房総半島の方に住んでいたので電車がなく帰れない時、また早い仕事の時などは紗耶香のところに泊まっていたともいう。いつしかこの二人は「千葉〜ず」と呼ばれるようになっていった。*2

そんな紗耶香と圭ちゃんだったが1999年になると陽の目を見る日がやってくる。明日香が抜けたことによる歌のパートの変更とグループ内でのポジションの変化。紗耶香は前列に立つことが多くなり、圭ちゃんは歌の面で多くの明日香パートを引き継いだ。

そして夏に発売されたセカンドアルバムでは『乙女の心理学』という曲で二人がメインの曲が作られる。曲の合間に「千葉県好きですか?」と合いの手が入るこの曲はコンサートでも盛り上がった。紗耶香と圭ちゃんが歌うその後ろでなっちと姐さん、後藤が踊りまくるこの曲は映像が一切残っておらず、見た人の記憶だけに残っている伝説のパフォーマンスだ。*3

この二人に後藤を加えユニット化したのがプッチモニで、1999年当時は和田さんのところのハーモニープロモーションがマネジメントをしていた。2000年になるとハーモニーから切り離され、また紗耶香も辞めることになるのだが、その辺はいまだ真相が闇の中なのでここでは書かない。もはや真実が語られることもないと思うが、憶測の範囲でも書くのはまた別の機会にしておこう。

紗耶香が辞める時に一番残念にしていたのは圭ちゃんだったし、その復帰を楽しみにしていたのも間違いなく圭ちゃんが一番だった。


矢口はその間どうしていただろうか。
矢口が加入した頃は遠征先のホテル等では圭ちゃんと同部屋になることが多かったはずで*4 、それが「2期メンバーでホテルの部屋で裕ちゃんの文句を言って枕を投げていた」というエピソードにも繋がる。また紗耶香は年少二人ということで明日香と同部屋になり、それが明日香が2期メンバーと仲良くなるのが早かった理由でもあった。

1998年の夏から秋にかけてなっちとカオリのすれ違いによりホテルの部屋割にも変更があり矢口はなっちと同部屋になることが多くなる。これが後々の「なちまり」の仲の良さに繋がっていく。また矢口は同時期からタンポポが始まり紗耶香と圭ちゃんとは一緒に行動する時間が減ってしまった。

そして紗耶香卒業後、姐さんが卒業して1期と2期の4人が固まることが多くなってからは矢口と圭ちゃんの仲がぐっと深まり、曲の題材にもなった温泉旅行や卒業後の一緒のイベントに繋がっていく。


自分の記憶をざっと辿っていくと上記のような感じなのだが、2期生同士という繋がりは強いながらも、どうしても矢口と紗耶香の繋がりは自分の中で印象が弱かった。

あの頃遊びに行ったという組み合わせを聴いても<安倍・福田・市井>だったりその組み合わせに圭ちゃんが入ったりと、矢口は忙しくてあまり登場してこない。自分の記憶に残っているのは1998年9月の『抱いてHOLD ON ME!』発売時に矢口と紗耶香でCDショップに行ってMAXのCDの上にモーニング娘。のCDを並べて帰ってきたというエピソードくらいだ。

そんな感じだったので今回紗耶香の元に矢口からメールが来たという話を聞いて嬉しかったと同時にちょっとびっくりもしたのだ。
また矢口個人の問題、それと紗耶香と元メンバーたちとの距離感からこうした話題が紗耶香から聞けるとは思わなかった。そして実は話に出ないだけで、もっと頻繁に連絡を取り合っているんじゃなかろうかという淡い期待も抱くことが出来た。

自分の中ではあの頃の8人は永遠に切っても切れない縁だと思っているので、あれから10年以上の歳月が経ってもこうした関係があることがうれしい。



この際なので矢口のあの問題にも少し触れておく。

矢口のしたことは確かに好ましくはない。個人的にも恋愛依存体質とでもいうかそちら方面でだらしのない人はなんだかなあと思う。

でもだからといって、騒がれていたようなバッシングに繋がるとは到底思えない。矢口が関係者に迷惑をかけたのは事実だろう。だがさんざん騒いでいるゴシップ系マスコミや赤の他人の一般人に矢口がなんの迷惑をかけたというのか。謝罪会見しろと言っている人たちはいったい誰に謝罪しろというのか。

世間を騒がせたのは報道したマスコミであって矢口ではない。むしろ矢口自身は放っておいてほしいだろう。コトの好き嫌いはあってもそれをもって矢口が世間の敵のような扱いになっているのはどうにも解せない。というか怖い。

自分の周りにそんな人はいませんか?
不倫している人、恋愛にだらしない人、目立ちたがりで調子のいい人、一時の感情に動かされやすい人。

それで友達やめちゃうのか。それで関係切っちゃうのか。それでその人が悪魔かのように叩くのか。

なんか全て違う感じがするんだな。
むしろ身近な人を叩けない代わりに矢口が全部叩かれているというか・・・

別に矢口のしたことを擁護するわけでもないが、コトを全体として見た時に違和感は矢口には感じない。そういうもんだろうな、くらい。こう言っちゃなんだが娘。在籍時代からそういう感じだったでしょ、矢口は。ゴシップ誌だった頃のブブカの件*6とか乗り越えて見てきているので、苦言は言いたくなるがそれで全否定までは自分はならない。

それは紗耶香も同様で、内部では何があったかはわからないけど、自分は紗耶香にまったく迷惑かけられていないんでプライベートな問題はたいして気にならない。事実を受け止めるのみという感じで。

自分は娘。在籍時から現在に至るまでガラッと印象が変わってしまったメンバーというのは一人もいない。あえて言うならば飯田さんのとげが取れて丸くなったくらいかな。

迷惑かけられたと言えば、紗耶香の1回目のときの復帰ライブにかけたチケット代くらいかなあ(笑) あれは高くついた(笑)


この際、矢口も紗耶香も後藤も加護も、一回みんな集まって歌ってみりゃいいのさ。きっとカウントダウンライブで見た太シスやメロン記念日となんら変わらず素直に受け止められるんじゃなかろうかなと。斎藤さんみたいに「いろいろありまして」って挨拶で済んでしまうんじゃないのだろうか。
あ、集合の時はもちろんあの子とあの人もお願いします*5


そういえば年末にあった和田会の写真が一枚も見当たらなくて疑問に思っていたのだが、実は矢口もいたりして(笑)

なんにせよ彼女たちの繋がりは何ら変わりはないと思うので・・・



そういえば圭ちゃんは結婚式で現在ハワイに行っているが、他には誰が行くのだろうか。
石川さんは行くとしても、他のメンバーたちはみんな日本にいるような・・・ これから出国ラッシュかな?



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*1 当時は「2期生」という概念はない
*2 今となってはファン側から呼び始めたのか本人たちから自称したのか記憶にない
*3 同様に同時期の『21世紀』もその曲のオリジナルメンバーだけで歌った映像が存在しない伝説曲。『A MEMORY OF SUMMER '98』『お願いネイル』なども同様。この4曲と平家さんのラストコンサートの映像商品化は今でも望んでいる。
*4 部屋割は当時のエピソードや本人たちの話からの推測
*5 多くは語らず(笑)
*6 映画『ピンチランナー』の頃とか

矢口の「I WISH」企画はまったく期待はずれって感じでして…(苦笑

そりゃあ『I WISH』のPVみたくみんなが自然と集まってきたらうれしいけど、矢口が端っから能動的に動くことを放棄しているんだから集まったのはUFの人間だけという現実的な結果に落ち着くのは致し方なしか。

でもせめてさ、会うのは叶わなかったとしても電話やメールくらいの話は聞いてみたかった。明日香や紗耶香とのねぇ…



○さてさて、更新ついでに。

ここんところはハロー界隈とはまったく縁もなしに生活を送っております(汗 SCANDALやらAKBとはけっこう面白く触れる機会はあるんですが(基本的にテレビっ子なもので…)、ハロー界隈の方々に対しては古くは永作博美や遠藤久美子、ここ数年ではZONEのTAKAYOやBOYSTYLEの面々と同じような感覚で見ている気がします。

毎日触れていなくても好きな気持ちに変わりはないっちゅうかね…

そうそう、2002年頃に活動していたAI-SACHIという二人組のデュオの一人、河原亜依(なっちが家族とキャンプに行った北海道静内町出身)が昨年末に発売したCDを最近取り寄せたんですが、これがなかなかいいデキでして繰り返し聴いてます。
元EARTHの3人や河原さんみたいに音楽的にはいいもん持ちながら埋もれてしまったしまったGIRL POP(アイドル寄り)な方はたくさんいるわけで(失礼な言い回しだったら申し訳ない)、それを思うとハロー界隈の面々が<表>の世界に居ることは幸せなんだなあと思います(情報伝達量や消費者側の意識形成という部分で)。

それにしても最近はUF所属の芸能人がいっぱいテレビ出てますね。
どういう方針転換があったのかわかりませんが、だったらもう数年早くメディア戦略を改めていればなあなどと思ってしまったりもします。
メディアに対する方針が変わったのはあの牧場が成功したからですかね?(笑 もしそうだったらいろいろと思うことのあるあの牧場も少しはいい意味があったんだなと。
UFも幹部組がけっこうな年配になってきたようですが(たしか会長はそろそろ還暦でない?)、会社の風通しの向きが変わって所属芸能人たちに心地よい風が吹くことを願うばかりです。

とりとめもなく話が飛んでばかりいました(謝



もう少しだけ気になったことをつらつらと。

なっちオフィシャルサイト

三日月!!
三日月!
三日月。

(Do it! Now以来のウチの課題)


ファーマーズハウス消滅(4月21日の記事)

りんねのいた頃の思い出の場所がまた一つ…


なちまりんぐ

なちまりんぐ(Baby faceの残りページがあったよ)の誰かが残っていればなあ…


●今週

より子さんがフジテレビに出るらしい。




こんなところで。
またいずれ。

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