7月16日。

カントリー娘。柳原尋美さんの命日です。

1999年に亡くなられたので18年の月日が経ちました。

何年かお墓参りをしていると、時として偶然の出会いがあります。

今年は『太陽娘と海』から始まる初期のモーニング娘。や柳原尋美さんが出演した映像作品に関わっておられた太田隆文さんと三本木久城さんにお会いすることが出来ました。

太田監督は、ドラマ『太陽娘と海』で監督補を務められた後、後継番組のドラマ『風の娘たち』で監督デビュー、また『モーニング刑事。』のメイキング映像なども手掛けられました。2006年の『ストロベリーフィールズ』で本格的に映画作品に進出、その後も『青い青い空』『朝日のあたる家』『向日葵の丘』と作品を出され、現在も新作『明日にかける橋』の制作真っ只中で奮闘されています。

太田監督の『ストロベリーフィールズ』時のインタビュー記事でその経歴を知り、初期のモーニング娘。や柳原尋美さんたちと作品を作ってこられたことを知りました。その後当時の思い出話などをブログ等でしてくださったこともあり、あの頃の話を追っている当サイトとしてはとてもお世話になっているのです。

また三本木カメラマンはやはり『太陽娘と海』からで、上記の太田監督の作品をすべて撮られた他、大林宣彦監督の作品や多くの監督の作品の映画を撮影をされています。素人の自分が言うのもおこがましいですが、自然との調和というか緑や太陽光と演者の融合の映像がとても綺麗で印象に残っています。編集もされるそうで、カメラマンとしてよりも長時間かかる編集作業で腰を痛めると聞いて意外に感じました。実は過去にとても近いところに住んでいらしたことを伺ってびっくりしました。

そんなお二方と偶然お会いし(太田監督はその日に来られることは知っていたものの)、お二人がその後寄るという尋美さんの実家行きに誘っていただいたのです。


ご実家では御両親にお会いすることが出来ました。お母様の目元が尋美さんにそっくりで、ちょっと突然来てしまったことになんだか恥ずかしくなりました(笑)。それとてっきり記憶で一人っ子だと思っていた尋美さんにお姉さんがいることも分かりまして・・・これ以上は個人情報ですね。

お宅に上がりお線香をあげさせていただきましたが、回りには尋美さんの写真がたくさん飾ってありました。笑顔が印象的なとてもいい写真が並んでいました。カントリー娘。3人のうちわもありましたよ。

その後、ご両親と三本木さんからたくさん話を伺ったわけですが・・・(太田監督は仕事のため急いで帰られました)
『太陽娘と海』の二階建てのロンドンバスの話や、あのホットドッグ屋さんの話、あそこが閉店するときに伺った話等も聞きました。
『風の娘たち』での北海道ロケの話や『ワイン娘』のフランスでのロケの話も当時の写真を見せてもらいつつ伺いました。

また現在の元モーニング娘。(1期のメンバーたち)や平家さんの近況など、こちらから話すこともありました。中澤さんが福岡へ行ったことや福田さんや平家さんがまだ歌っていること、皆結婚してお母さんになったことを伝えると驚きと共に喜んでおられるようでした。

なんでしょうね、私が直接的にモーニング娘。のメンバーたちや尋美さんと面識があるわけでもないのに、とても自分に近い人のことを話したり聞いたりしているようで、とても嬉しかったんですよ、この空間。基本的に自分は人見知りなので初めての空間は苦手な方なのですが、気持ち的に徐々にほぐれて優しい時間を過ごせました。


尋美さんが『太陽娘と海』での湘南ロケに始まり、その後北海道・中札内、フランス、ハワイとロケに行き、また亡くなる前3カ月程北海道で過ごされた時間は、とても濃密で普通では体験できないことで、それがとても良かったという話もありました。

またその話を伺っていて、たくさんの風景と共に記録が残っていることはとても素晴らしいことなのだなと改めて分かりました。もしスタジオのテレビ撮影ばかりだったらこれほど記憶に残るものにはならないかもしれないですね。御両親も北海道や湘南での印象的なロケ地を巡ることをされたそうです。

帰宅してからりんね(あえて当時の親しみを込めて呼び捨てです)が2002年に辞める直前「牧場での撮影風景と記録を見直したい」と言っていたことを思い出し、ハッとしました。あぁ、こうしていろんなことが繋がっていたんだなと改めて感じたのです。

りんねについてもちょっとだけ話を伺いましたが、彼女は完全に一般人なのでここに書くことはしません。少しだけ書くならば年賀状でのやりとりがあること、また尋美さんのご両親がりんねの元へ会いに行きたがっているということでしょうか。

自分としては18年の時を経て、まだ交流が続いていることがとてもうれしかったです。だってねえ、18年ですよ! もうほぼ尋美さんが生きて過ごされたのと同じ時間が過ぎているわけで、あの頃の繋がりは本当に強いんだなと思いました。太田監督や三本木カメラマンもずっと繋がって交流を持ち続けているわけですから、それを思うと胸が熱くなります。

今回伺って惜しむらくは、もっと事前に頭の中の整理が出来ていれば!ということでした。何せ突然伺ったので心の準備と頭の準備が出来ていませんでした。もっといろんなことを聞けたかなとか、自分の引き出しが開いてないなあと思うこともあり、それがもったいなかったかもしれません。

でも良い日を過ごせて本当に良かったです。
まず普通には体験出来ない1日。



尋美さんが結んでくれた縁を大事にまた1年・・・



いよいよ来年は『太陽娘と海』から20年です。