1996年5月11日、『ASAYAN』コムロギャルソンの札幌オーディションに石黒彩が参加。SUPER MONKEY'S 4『DANCING JUNK』を歌い予選を突破、東京のスタジオ審査に進む。


今から20年前の出来事。
『ASAYAN』発のモーニング娘。というグループはまだ影も形も見えず、オーディションに参加した多くの女性が「歌手」という夢を漠然と追っていた時代。石黒さんはまだ地元でベースを弾いてライブハウスに出入りしていた。

石黒さんがオーディションで歌ったSUPER MONKEY'S 4*1というグループはご存知の方も多いと思うが安室奈美恵さんが元々所属していたグループで、メンバー全員が沖縄アクターズスクール出身。安室さんは前年のスマッシュヒット連発、そして96年の立て続けのミリオンヒットによりアムラー旋風を巻き起こしていた。

『ASAYAN』は安室さんの楽曲プロデュースをしていた小室哲哉氏がオーディションの監修をし、そして安室さんのレコード会社だったavex(ひいては代表のMAX松浦氏)がスポンサーにについていたため、彼女に憧れた多くの同世代の女子たちがオーディションを受けていた。*2

その頃はアイドル氷河期と言われる時代が終わった時期であり、また音楽シーンではGIRL POPが隆盛を極めていたこともあって、「アイドルになりたい」「シンガーソングライターになりたい」という目的はあまりハッキリとはせず、「華やかな世界で歌を歌いたい」というような子が多かったのではないかと思う。

ビジュアル系・ロックテイストが好きだった石黒さんが、アイドルっぽい曲でオーディションを受けることに違和感を感じない、そんな曖昧さをすべて飲みこんでしまうだけの活気も当時の音楽業界にはあったのではないかと思う。*3

ちなみにCDが最も売れたのは1998年*4。初回盤もタイプ別もなく、一人が1枚だけCDを買うことがほとんどの時代にこれだけ売れたということは、現代のミリオンとは認知度とその拡がりにおいて大きく意味が違うことは認識した方がいいだろう。


20年前とはそんな時代。

来年に向けたさわりとして、ちょっとだけ前時代を振り返ってみた。



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*1 グループの変遷は以下の通り
SUPER MONKEY'S<安室奈美恵・牧野アンナ・澤岻奈々子・天久美奈子・新垣寿子>
SUPER MONKEY'S 4<安室奈美恵・澤岻奈々子・天久美奈子・新垣寿子>
安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S<安室奈美恵・澤岻奈々子・天久美奈子・松田律子・宮内玲奈>
牧野アンナは脱退後沖縄アクターズスクールのチーフインストラクターへ転身、後にAKBグループの振り付けやダンスレッスンも担当するようになる。
新垣寿子はやはり沖縄アクターズスクールに帰還、後にスクールを立ち上げ牧野と共にAKBグループの振り付けを担当するようになる。
澤岻奈々子・天久美奈子・松田律子・宮内玲奈の4人はMAXを結成。

*2 96年の7月7日には飯田圭織が『ASAYAN』の小室オーディションの札幌予選に参加。やはり安室奈美恵の『Body Feels EXIT』を歌っている。「小室さんの彼女にして下さい」という迷言を残した。
*3 何しろ石黒さんは鼻ピアスだしね!
*4 1994〜1999年が日本でCDが爆発的に売れた時代と言われている(NHK・Eテレ『亀田音楽専門学校シーズン3』より)。