一月ほど前に松下里美さんという方の情報でちょっと気になったことがあって、先延ばしにならない内にちょっと調べてみた。情報の整理が追いついていないモーニング娘。時代前のアップフロントを調べる意味もある。

完全に後追いで調べていることなので、もし当時のことを知っていらして情報がある方はぜひとも教えてください。



松下里美さんは1990年頃に渡辺美里さんと同じ事務所・ハートランドに所属していたガールポップシンガー。

このハートランドという事務所はヤングジャパン系列の事務所で、佐野元春さんのバンド・THE HEARTLANDが1980年代前半にヤングジャパン所属のアーティストたちの前座を務めたことに端を発している。

当時ヤングジャパンに所属していたアーティストはアリス、ばんばひろふみ氏、高山厳氏、兵藤ゆきさん、平山みきさん、白井貴子さん、スターダストレビュー、といった面々であり、このメンバーを見ても現在のアップフロント(以下UF)への流れが分かると思う。

またそもそもこのヤングジャパンを立ち上げた細川健氏が長らくUFの役員を務めていたことからも分かるように、UFの源流はここにある。


ヤングジャパンからは1983年に寺本保治氏(その後UF取締役)を社長としてツーバンが分離、ここを基盤として後のUFになる。その後1986年に同じくヤングジャパンの社員が立ち上げていたメイハウスという事務所とツーバンが統合してUFとなった。

ヤングジャパン系のハートランドには白井貴子さんらが残り、1980年代後半から渡辺美里さんや谷村有美さんを擁してガールポップブームの先駆けとなる。

この事務所関係の推移は追っていくとキリがないのでこの辺にして(またもっと詳しく書かれた文献もあると思うので)松下さんの話に戻るとしよう。


松下さんは1989年に『16-Sixteen-』でデビュー。1993年までに東芝EMIで7枚のシングルと3枚のアルバムを発売したのち、1994年にレコード会社をポリスターに移籍。事務所は1992年にUFに移籍しているので、ポリスターにレコード会社が変わったのもその理由か?(UFとポリスターは資本関係があった)

松下里美『16-Sixteen-』(埋め込み不可)
http://youtu.be/8xesfSXrsrU

この映像を見ると当時の渡辺美里さんや森高千里さんのステージの雰囲気と似ているなあと思う。もっとも当時のガールポップはみんなこんな感じだったかもしれないが。



松下里美『背中の氷河』


2002年の映像。アップフロント所属でレコード会社もzetima時代。共演者に堀内孝雄氏の姿が見える。ちなみに1997年頃の資料では堀内氏や高山氏、ばんば氏ら旧ヤングジャパン直系だったUF内ベータプロモーションに松下さんは所属。


それで、ここからが気になったこと。

この1989年のCMの映像。
おそらく松下さんの『いろんな涙』のPVと思われるのだが・・・



まあこの映像を見てしまうとどうしても『愛の種』を連想せずにはいられなくて。

PVのスタッフは東芝EMIだと考えられるので関係ないとは思うのだが、その風景と構図にスタッフを確認したくなった。また1997年に『愛の種』を見た時に『いろんな涙』の映像を思い出したUFのスタッフがいたとしてもよさそうだなと思う。

これまで過去のいろんなものを流用してきたUFだけに(特に命名基準や人的コラボ等で)、可能性は捨てきれないでいる。


それから1993年に発売されたシングル『ほんとは、ね…』(東芝EMI時代ラスト)。作詞作曲は木下鉄丸名義で槇原敬之さんがされている。

UF絡みで見てきた身としては2002年により子さんが出した『ほんとはね。』を思い出してしまうのだが、この両楽曲にはタイトル以外共通点はない。ただ『いろんな涙』と同様にこのタイトルに気付いていたUF関係者はいたのではないかなあという気がしている。

より子さんが当時所属していたハーモニープロモーション(当時のUFはアルファベット順にグループ会社の名前がついており、ハートランドの「H」の空きを埋める形でハーモニープロモーション)の和田さんは知らなかったってことはないんじゃないかなと。

和田さんは1989年にUFに移籍してきているので(その前は大西結花さんのいたマコロンで大西さんのレコード会社は1988年までポリスター)、なんか匂うなという感じはする。


それともう一点。

1998年2月1日に発売した10thシングルが『土曜日にしなさい』というタイトルなこと。
この曲は『ギルガメッシュNIGHT』のエンディングテーマで同番組が土曜深夜に放送していたことからくるタイトルだと思われる。

ここで気になるのが1998年1月28日に発売したモーニング娘。のメジャーデビュー曲『モーニングコーヒー』とシングル発売を争った候補曲の中に『どうにかして土曜日』という曲があったこと(後にアルバムに収録)。レコード会社が違うとはいえ関係があり、また事務所も同系列。偶然の一言で片づけていいものかどうか・・・

まあこれらで何がどうこうって話ではないのだが、追々役に立つこともあるかもしれないし、自分の情報の整理の意味もあるので記しておく。

松下里美『土曜日にしなさい』




松下さんはUF系事務所に移籍したのち前掲の映像でも見ての通り、堀内孝雄氏の楽曲提供を受けたりしてポップスというより歌謡曲や演歌に近いものを歌っていくことになる。ご本人の希望かどうかは不明なもののUFらしいやり方だなと思う。

2004年にはUFを離れ独立、その後はポップスに戻って自身で作詞作曲することが中心となり、現在でもライブやラジオで活動を続けられているとのこと。オフィシャルページで試聴をしてみると、大人な落ち着いた声で良質なポップスを聴かせてくれていた。