一年ほど前に発売されたクイックジャパンの111号。
そこにフジのきくちさんを特集した<音楽番組の「未来」>という記事が載っている。

今年のFNS歌謡祭に関してフジの石田さんのことを前回の更新でちょっと書いたが、このクイックジャパンにきくちさんと石田さんのやりとりが書かれている。

(※石田弘:フジテレビでとんねるずと組んで数々の番組をヒットさせた制作畑の人物。おニャン子クラブの運営にも深く関与。71歳になる今も嘱託として在籍し音楽番組で演出を担当)

2002年くらいの話。
「『ミュージックフェア』だからカラオケでいいですよね」と言っていたアーティストがいたとの話を受けて。(石田さんは『ミュージックフェア』のエグゼクティブプロデューサー)
きくちさんの述懐からの引用
「それでウチの石田さんと話す機会があったので、言いたいことを全部、伝えようと。この番組は一回、終わったら、二度とはじまりません。だから、続けることが大事だし、そのためには音楽にもこだわるべきじゃないですか、と。
 よく『ミュージックフェア』は映像にこだわる、と言われてきたんですけど、音楽番組なんだから、そこは“音像”にこだわりたい。石田さんも酔っぱらって、ちょっと涙ぐみながら『わかってるよ』って。」


2002年くらいという曖昧な記載なので時期は絞り切れないが、安倍なつみさんがFACTORYで『チェインギャング』を歌った頃ではないかと思う。あの企画は歌いたい歌を歌えないでいる人、音楽ビジネスの渦に呑みこまれている状況へのアンチテーゼでもあったので、きくちさんの言う“音像”とも通じる部分がある。

またその頃はちょうど水口さんからきくちさんへ音楽番組制作の権限が移行している時期とも被るので、この時期が音組(フジの音楽番組制作班)の番組制作の転換点になっているのだろう。当時はまだきくち組と言っていたんだったかな。


ちなみに。
石田さんが手がけていたおニャン子クラブの番組『夕焼けニャンニャン』でADをやっていたのが水口さん。

疋田拓氏や井上信悟氏がいた第二制作部が手がけていたのがゴールデンタイムの歌番組『夜のヒットスタジオ』で、そこでADをやっていたのがきくちさん。

フジの音楽番組の制作は
1980年代 疋田拓・井上信悟『夜のヒットスタジオ』
1990年代 水口昌彦『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』
2000年代 きくち伸『僕らの音楽』
ざっくりとこういう流れ。ここに石田さんの『ミュージックフェア』が入る。
年代と番組の比定は厳密には違うが大よそのイメージ。これ以上はもっと詳しい人に聞いて(笑)

フジとアイドルとの関わりについては
1980年代 石田弘→おニャン子クラブ
1990年代前半 ○○○○→乙女塾
1990年代後半 水口昌彦→チェキッ娘
2000年代 神原孝・門澤清太→アイドリング!!!

これも年代との比定は若干違うが大体のイメージで。乙女塾を手掛けていた人は調べきれなかったので後回し。神原さんはとんねるずと一緒に野猿もやっていた方で『ヘキサゴン』のプロデューサーでもある。きくちさんはASAYAN時代のモーニング娘。や自社アイドルのチェキッ娘とは親交はあるもののプロデュースにはタッチしてない。

きくちさんが関わる音楽番組の話は以下のURLの記事が面白かった。2007年末頃の「MUSICMAN-NET」のインタビュー。
http://www.musicman-net.com/relay/67-3.html
3ページ目でフジの音楽番組制作陣の大まかな流れが、そして4、5ページ目で裏話なども聞ける。『LOVE LOVE あいしてる』は吉田拓郎さんありきで始まったんじゃないんだな…
LOVE LOVEオールスターズの人選も最初はウルフルズで行こうとしていたとか。


このインタビューの中から引用。
「きくち:きっと『HEY!HEY!HEY!』や『うたばん』みたいな形の方がテレビとしては間違ってないんです。生演奏はお金がかかりますしリスクが大きいですから。その中で私は『僕らの音楽』でも『堂本兄弟』でも、あえて間違ったことをいっぱいやってるのかなと思いますね。実は今の『FNS歌謡祭』の母体は完全に『僕らの音楽』で、去年、一昨年の『FNS歌謡祭』では総演奏楽曲数中、6割5分で生演奏をしています。今、紅白歌合戦がカラオケ中心でやっていることを考えると、6割5分が生演奏している『FNS歌謡祭』はすごいことなんですよ。ただ、『FNS歌謡祭』はここ4年続けて民放でただ一本、視聴率が20%を超えた音楽番組なんです。」


また同じく「MUSICMAN-NET」の2008年10月には石田氏へのインタビューがある。
http://www.musicman-net.com/relay/75-7.html
「石田:テレビとかいう以前に、音楽のパッケージがここまで駄目になっていくとね・・・。もちろん着メロもいいし、iPodもいいけど、音楽がただの情報になっていくというのはつまらないし、悲しすぎますよね。今はあまりにも色々な娯楽が増え過ぎちゃって、これからの若者は小さいときからパソコンをいじったりしてたら、音楽なんかに興味を持たないだろうし、聴くとしても打ち込みのダンス音楽ばかりになってしまう。打ち込みを悪いとは言いませんが、やっぱり音楽で一番強いのは生演奏だと思うんですよ。」


先のクイックジャパンからきくちさんのインタビューをもう一文。
「生演奏だとリアリティーが違うんですよ。音組ではももクロとたくさん仕事をしているんですけど、なんでももクロが面白いのかと言ったら、結局はそこなんだと思うんですね、あのリアルさは素晴らしい。
 生放送でのコラボもリスクは背負いますよね。あの緊張感の中でいいものができるかどうか、という部分で。」



ももクロのことはさて置き、文章全体を読んでいって感じることは「口パク」禁止ではあるのだが、「生」感にこだわりたいということが一番なのだと思う。

「口パク禁止」というのは分かりやすいしスキャンダル的なネタでもあるからゴシップとして広まりやすい。でも大元の部分できくちさんが言いたいのは「生演奏」、すなわちライブ感なのだと思う。番組に出てカラオケで歌った場合、例えそれが生歌であっても違うということなのだろう。

つまりきくちさん的にはアイドルが出て生歌で歌ったとしてもそれで満足出来るところにはいかない。セットを組むのに時間をかけ、楽器のチューニングをし、リハーサルに時間を取って、そして生演奏の本番を迎える。単純なミスや弦が切れたりというハプニングも「生演奏」の中の一つの現象。

あくまでも「口パク禁止」というのはその中の一要素に過ぎない。それをそこだけクローズアップされているのはゴシップ好きの芸能人と雑誌が騒いでいるからなのだろう。きくちさんの発言を読んでいくと生演奏の番組しか認めないという極論の実現が夢なのだろう。


振り返れば10年前には口パクかもしれないと思いながら見ていることは多々あった。でもそれをことさら糾弾することもなかったと思う。

きくちさんの極論は方向性としては間違っていないと思う。
データをきくちさんが出していたが、10年前に比べれば生演奏率が上がっているのは間違いなく、それは同時期の年末の大型音楽番組特番との差別化にも繋がっている。
ただそれを100%求めたところに問題はないのか?と考える。

年末の忙しい時期にその番組のためにコンディションを整え、他番組よりも時間を割き、失敗の許されない状況で不特定多数のテレビの前の人に向けて歌う。それを100人を超えるミュージシャン、それらのスタッフたちに求めることは本当に成り立つのかと。

もちろん成り立たせたいという気持ちは分かるが、アーティスト側の事情を察すると、致し方ない部分もあるんじゃないのかなと思う。ハナから口パク前提ということは論外だろうが。

いや論外ともいいきれないか。
Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅが日本のみならずあれだけ海外で受け入れられてることを考えると、そもそも「口パクは悪」みたいな風潮がおかしいのではないのかなと考えてしまう。私個人としては生演奏・生歌の方が好みではあるけれど、それで口パクカラオケは悪なのかと。個人の楽しみ方の問題なのではないかと思う。

極端に言えば、お気に入りのCDを買って聞きまくって楽しむこと、それとたまにライブに行って一回きりの曲を聞くこと。どちらも自分は音楽を楽しんでると思うのだが、なぜかそこにライブの方が偉いみたいな風潮はないだろうか。比べること自体がおかしいのではないだろうか?


また、きくちさんたちが言いたいことの「生演奏」。それは音楽ビジネスを取り巻く厳しい状況にも原因がある。それは利益だけに限らずテレビという媒体自体の問題だ。

ネットで探せばアーティストが歌っている映像がほぼ見つかり、試聴もでき、場合によってはオフィシャルにミュージックビデオ等を流している場合もある。

それらのコンテンツとの差別化をどう図っていくか。見てもらうにはどうするか。
そういう部分で「生演奏」「ライブ感」は明確な差別化になる。おそらくはきくちさんがももクロにこだわったのはそういう部分が多分にあったのだろう。

それらを考えると三谷幸喜氏に生でAKBの楽曲を歌わせたりしたことも考えとしては納得できる。好みとは別の話で。


ただきくちさんも述べられているが、この「生演奏」にこだわることは時間的にとても厳しい。本番までの準備、そして本番。

インタビューにもあったがFNS歌謡祭で1曲1秒遅れただけで、それが60曲あれば終わりには1分の遅れになってしまう。テレビ番組の1分の遅れとライブ会場での1分の遅れはまったく違う。ライブ会場ではどうにかなるが、テレビは遅れれば歌が途中で切れてしまって放送枠に入らないこともある。

また、アーティスト側、レコード会社側からしたら、テレビへの出演はプロモーションの一環でもあるだろう。編曲部分を含めての新曲の宣伝であったり、ビジュアル部分でのPRだったり。
それにライブとは違って不特定多数のテレビの前の人を相手にしているのであって、お金を払って会場まで足を運んで見に来たお客さんとは意識が違う。

テレビ制作側の事情、アーティストの事情、レコード会社の事情。この辺のそれぞれの思惑や事情がこの問題を複雑化させている理由なのだろう。これはどうやっても一つの方向には向かわない。解決させてくれるとしたらバブルの頃のようにテレビ局がジャブジャブお金を使える状況にならないと無理だろう。

セットを組むのに時間をかけ、楽器を用意し、チューニングをし、アーティストはリハーサルに時間を取り、それに伴いテレビ局側もアーティスト側もスタッフが増え…なんてことをやっていたらお金がいくらあっても足りない。

それでもきくちさんの音組はセットの効率化や時間の徹底した管理で対応していたというから、ここ数年の『FNS歌謡祭』はよほど上手くやっていたのだろう。それは称賛に値する。


きくちさんの考え方は一つの提示。
アーティストの中にはまた違う考えを持つ方もいる。もしかしたらこう考えている方も多いかもしれない。

先ほどの「MUSICMAN-NET」のインタビューから。
元アップフロントのスターダストレビュー・根本要氏のコメント。
http://www.musicman-net.com/relay/18-3.html

「根本:そうなんですよ。テレビカメラに向かってなかなか歌えない自分が20年いて…昔「夜のヒットスタジオ」に出してもらったことがあって、当時はお化け番組だったわけ。それで当時の事務所の社長から「明日から人生変わるような歌を歌ってこい」って言われたんだけど、「社長、そんな歌俺が歌えるわけないじゃないですか」って俺は言ったのよ(笑)。今日歌った歌より明日歌う歌をもっと良くするようにはできるかもしれない。でも今日が人生で一番すごい歌だ、なんて俺には絶対無理だ。ましてやそれがカメラの前で、なんて無理だって。「カメラの前には何千万という人がいるんだぞ」って言われても「でも俺には見えない。だったらここに50人でいいから、50人呼んでくれた方が、俺はよっぽどいい歌が歌える」って。それが「歌」っていうものの結論なんでしょうね。伝えるものがないと、歌を歌えないんですよ。「伝わった」という感覚がないと、いい歌が歌えないんです。ライブの何が好きかって、やっぱり拍手なんですよ。」


音楽番組で生演奏を見るのと、実際にライブを見るのは違う。
また音楽番組の生演奏を見るのと、CS等で現場から中継しているライブ映像を見るのもまた違う。

根本さんが言っているように、歌う相手がその場にいる場合とテレビの向こうでは違う。見ている方もテレビの前で拍手してもそれはアーティストには伝わらない。

あえて問題とするならば、きくちさんはここの部分を詰め切っていないと思う。
テレビの前には口パクでもいいという人がいるのかもしれないし、CD聞くことやPVを見ることと同じ感覚で見ている人もいるのかもしれない。そして生演奏ならライブ会場に行けばいいと思っている人も。

制作サイド、アーティスト側にはライブ感を求めているが視聴者にはライブ感を求めていない。これで本当に「ライブ」は成り立つのかと。

きくちさんのクイックジャパンのインタビュー。
「正義を貫いていくしかないんですよね。たぶん正解というのは何種類もあると思うんですけど、自分の中で『正義』というのは一種類だけある。そして一曲一曲にもそれぞれの『正義』がある。(中略)自分の中の音楽的な正義にピタッとはまったものが作れたときは、すごい充実感がある」

たぶん自分がここ数年感じているきくちさんへの違和感はここにあるのだと思う。
音楽の捉え方は人それぞれ。一人で楽しむ分には自分だけの正義を振りかざすことに問題はない。が、しかし、それを不特定多数の人に正義と思って発信することは違うのではないかなと。それはもはやきくちさんの「生感」であって、アーティストの「生感」ではないんじゃないのかと。

生演奏という正義の名の元に、アーティストの生の感情が押さえられていたら、それは違うんじゃないのかなと。

別に口パクを肯定するわけでもないのだが、いやむしろ生歌・生演奏ではあってほしいと思うのだが、自分はどう考えてもテレビ番組でテレビの前に立つ一視聴者として見た場合、強烈に口パク・あて振りを否定する理由が見当たらなかった。

ZONEのあて振りを見ているのは楽しかったし、もっとひねくれて言えば、マイクを落としたのに歌声が流れていたなんて事件も以前にあったりして、それはそれで生放送の「生」のハプニングとして楽しめる部分もあった。

考えようによっては、テレビでは口パクでもアピールできる部分はあり、それはあて振りも一緒。また逆に実力を見せつける生歌や、楽器で超絶テクを披露すればそれもまたアピールになる。それは個人の見方であり、好みの問題。

録画にせよ生放送にせよ、生演奏にせよ口パクにせよ、それは演出サイドのさじ加減で見せ様はいくらでもあるんじゃないのかなと思う。そんな議論に時間を使うよりも、もっと楽しめる音楽番組を作ればってことだと思うのだが・・・


本当にライブ感を求めて良質にいきたいのだったら2時間くらいの枠で、3、4組のアーティストを迎えてじっくりと聞かせてくれた方が良い。『FACTORY』が目指しているのがその路線なのだろうが、10年以上経ってもそれを地上波やゴールデンに持ってこられないということは、需要や事情がそれを許さないのだろう。

そういう意味ではきくちさんのCS行きはある意味作りたいコンテンツに特化出来るというメリットもあると思う。極論になっている考え方はCS向き。大いに受け入れられることもあるし、興味がないなら見ないという世界の方がやりやすいんじゃないのかなと思う。

個人的にはまた昔みたいに新人女性アーティストを多数取り上げてくれるとうれしい。
なんにせよ他局も含め音楽番組は縮小傾向にあると思うので踏ん張ってほしいと思う。

曖昧な結論になるが、自分はこれは曖昧なままでいいと思っているのでこれ以上の考察は止める。