『カントリー娘。』改め『カントリー・ガールズ』についての公式発表
http://www.helloproject.com/news/2183/

本当は書きたくないが、と言い訳するのも苦しいが、でも書いておかなければゼロのままになってしまうから書かざるを得ない。

現在においてその名前を使い活動しようと、メンバーがどう選ばれようと、それは特に何も感じない。それは15年前のあの頃と何も繋がっていないし、今の子たちがあの頃の思いを受け継がなくてもいいと思っているから。

名前はさしたる問題ではない。受け継ぐとかいう以前に、まず理解することだって難しいだろう、生まれる前のことを。あの頃の3人のメンバーの共同生活や、借金にあえいでいた頃のあの牧場を。風景一つ取ってもどれだけ違うというのか。

また、受け継いだ人たちは、自分たちの意思でしっかりとその人生を歩んでいる。名前とは関係なくあの頃の思い出を胸に抱いて。だから今の子たちは気にしなくていいと思う。それは交わらない別々の思い。今は新しいユニットとして新たな歩みをすればいいと思う。


ただ、この公式発表、これはどうかと思わざるを得ない。
現在に都合のいいように文章を端折っている。
結成理由といい、その過程といい、間違いではないというギリギリの部分で、肝心な部分は端折ってある。

決意をして続けていたのは誰だったのか。
泣き続け、いなくなったメンバーたちの思いを背負って、そしてご両親の思いも背負って、必死に続けたのは誰だったのか。

北海道を離れるという指令に苦悩し、自分たちの思いを守ることを選んだのは誰だったのか。その後のユニットはそうした思いと決別し東京での活動を選んだのではなかったのか。

里田さんには何の責任もないけれど、里田さんがいたからこそ北海道を離れるという決断も出来たのであって、初代3人の思いとはまったく関係なく「カントリー娘。」に対する里田さんなりの思いがあるのも分かる。でもね…


石垣島から送られてくるバースデーカード。
夏になると必ず毎年その日に訪れていている小林さん。

…そして図らずも今年偶然自分は会ってしまった。
そこで感じたこと。ちょっとした会話から感じたこと。
あそこでしか感じられない思い。

これはどうしても多くは書けないからもどかしいのだが、何年か通っていると見えてくることもあって…

さらに10月の沖縄での彼女たちの再会。
彼女たちにしか分からない、深く深くずっと思っていること。

尋美さんの思いは彼女たちに心の深いところで受け継がれている。




それから。

確かに自分は物語的な見方は好きだ。
好きだけど、それはあくまでも歴史的な事実を元にした物語であって、その事実をどう調べどう考えどう解釈するかが重要な要素。何も根拠なしに語られたものを物語として咀嚼していくことは難しい。

無理やりなリベンジだとか、知りもしないで遺志を引き継ぐとか、抽象的な物語の作成は、それが当人たちの行動で成り立っているならばともかく、広告や煽り的な文句では聞きたくない。いや、エンターテインメントとして煽り的に使って、それが煽りという形で分かるならいいが、さも当人がリベンジを望んでいるかのような遺志を引き継いでいるかのようなギミックとしては見たくない。

今日twitterの方であまりにもな発言を見かけたので、ちょっと引用しておく。

某発言者「ちゃんと柳原尋美さんの事も書いてくれててアップフロントやるじゃん
里田さんは柳原さんが果たせなかった想いを継いでカントリーの火を絶やさぬように続けて、こうしてまたリスタートすることに繋げてくれたんだから本当に感謝してもしきれないわ」


発言者は20歳くらいの男性。

知らないということは怖いなあと思う。けっきょくこういう解釈になっていってしまう。
これってけっきょく里田さんのことしか考えてない。ご自分がどれだけ尋美さんの活動を分かっているか、そこには思いが至らないらしい。
それはおそらく幼稚園か小学生低学年くらいの時のことなのだから仕方ないと思うが・・・
自分はどこをどうやっても里田さんから尋美さんの想いは感じられない。少なくとも自分はそういう発言を聞いたことがない。そう思うならなぜそういう考えに至ったかぜひ聞かせてほしい。

『太陽娘と海』のことを知っているの?
『風の娘たち』のことを知っているの?
歌手になりたいと言っていた彼女の夢を知っているの?

そして一緒に暮らしたりんねや小林さんが今も彼女のことを忘れずに強く胸に抱いて生きているということを知っているの?

また太田監督が明かしてくれた当時の思い出、映画に込められていた彼女の思い。
そしてりんねが残したその後の言葉の数々。

思い返せば牧場を感じる歌を歌いたいと言っていたりんね、そして里田さんが入ってきた途端に『sexy baby』に差し替えになってしまった(推定)あの当時の状況。(発表前に新曲は牧場を感じられる曲という発言がりんねからあった)

それを分かった上で発言者は上記のような発言になっているのだろうか?


りんねのしっぽ第75回より。(サッポロファクトリー 新曲インストアイベントの感想)
「あのスペースイベントは何回もやってるけど、最初のころはほとんど誰も振り返ってくれなったもん…。やっぱり、そのころから応援してくださってる方は特に大切にしていきたいです。そのようなファンの方がいてくれたからこそ、今のりんねも、カントリー娘。もあるんだからね。本当にありがとう。応援してくださるみなさんを大切にこれからも、もっと頑張るからね。でも、たまに元気のないときがあっても許してね。その代わり、りんねが元気なときはいっぱい元気をあげるから」


りんねのしっぽ第77回より
「やー、暖かいね。りんねもゴールデンウィークは牧場へ戻ったんだけど、桜が咲いていてビックリしたよ! ことしも牧場には毎日何千人ってお客さんが遊びに来てくれて大盛況でした。新しいスタッフといっしょに作業とかしたんだけど、陽射しも緑も牧場のすべてが去年や一昨年の5月となんにも変わってないことに気づいたの。すごく不思議だったし、ウレシかったし、安心しました。カントリー娘。になってこの3年はいろいろなことが起こったり、変わったこともあったりしたけど、りんねが牧場を好きで、歌が好きって気持ちはなんにも変わってなくて、よかったです。半農半芸って微妙に難しいところもあるんだけど(環境ボケとか)、そのぶんいいところがいっぱいなんだなって改めて感じました。牧場はいつもと変わらず夕焼け空とか緑とかとーってもキレイでしたよ。本当はもっと牧場に戻りたいんだけど、芸も頑張りたいから我慢です。今回はずーっとお天気がよくてほんとにウレシかったです。」

(両方とも2002年春ごろの連載「りんねのしっぽ」より)


尋美さんの今のお名前を見ればなんとなく思うのだが、そこには「カントリー娘。」という名前じゃなくて、もっと根本的に、歌いたいとか、一緒に出演していた子たちと同じステージに立ちたいとか、そういう10代の子が思う明るい楽しい未来が見えてくる。

自分も知っている部分はホンの一握り。だからよく調べなければと思うし、間違いを犯しながら10年以上をかけてここにたどり着いている。でも人の記憶から薄れていく中で、変えちゃいけない部分っていうものがあるわけで…

この問題、なかなか当人たちは語ることが難しいと思う。
そこにはその人たちにしか分からない思い、残された人たちへの配慮、そっとしておいてほしいという気持ちもあるだろう。

だから得られる情報というのは本当に限られている。

でもだからこそ、その限られた中で発信されてきた情報は大切にしていきたい。

くれぐれも書いておくが、今カントリー娘。をやるということに何も批判をするつもりはないし、正直何も思うことはない。

ただしそれはフェーリエンドルフで一緒に暮し、レッスンと牧場での仕事、レストランでの仕事をしながらデビューを夢見ていたあの頃とは別の話。

また、あの頃の思い出を建さんや平家さん、石黒さんあたりにも聞けたらそれはうれしいのになと思う。


自分の思いはそれだけです。
現在に対しては、メンバーにも里田さんにも、頑張っていいもの残してくださいという思いしかありません。