コメント欄からの話題の流れで続けます。

カントリー娘。11年ぶりに新メンバーオーディション実施

最初に断わっておくが里田さんに含むところはない。

その上で里田さんの受け継いでほしいという「思い」、カントリー娘。として「やり残したこと」というのは自分には理解できないし想像もできない。

記事内にある「半農半芸」というコンセプトにしても、ほぼ里田さんの加入と同時に縮小していったものだし、それがなければりんねのその後もどうなっていたか分からない。歌の面に関しても石川さんの参加以降は他のハロプロユニットとの差異は大きく感じられず、牧歌的な面を色濃く残していたそれ以前とは大きく異なる。

りんねが2002年にハロプロを離れるまでに残した多くの言葉から受け取るカントリー娘。への「思い」と、里田さんの言う「思い」は自分はまったく方向性の違うものに感じるのだ。

りんねが石垣島から送ったバースデーカード、そして毎年欠かさず夏にある場所を訪れる小林さん、同じく夏になると訪れる当時のスタッフの方々。それらを見て感じて胸を締め付けられる思いをした自分としては、笑顔でカントリー娘。への思いと募集を語る里田さんは別の世界のことを語っているように感じた。

これは里田さんを責めるとかそういう話ではなく、まったく別次元で語られるものなのだろうという感じで・・・

また、里田さんのことは別として、タンポポやプッチモニやミニモニやココナッツ娘。が自然消滅状態になっているのに、なぜカントリー娘。を続ける必要があるのかという疑問はある。

花畑牧場の広告塔の意味や、その他事務所的な思惑があるのかもしれない。もしかしたら、その名前の存続にあの当時*1の面影を感じ、どうしても残そうという意思のある人が事務所にいるのかもしれない。それだったらうれしいが、これまでの経緯を見るとそうも思えず、もやもやした気持ちが自分には残る。

なんにせよ思い出はそっとしておいてほしいし、もし騒がすのならそこにあった「思い」をきちんと伝えていってほしいと思う。



今回はちょっと書きにくいことを話題にしてしまった。
でも、どこかで書いて自分の気持ちを整理しておかないとそれすらも風化してしまうような気がするので今回少し筆を進めた。
お気を悪くされた方がいたら申し訳ない。


次回はまたもう少しコメント欄からの話題を発展できればいいかなと。


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*1 説明するまでもないが1999年のこと
*2 りんねの件は当サイト記事夕暮れのオレンジ色の空の向こうには。でも。今から読めば再考の余地はあるが、時系列の整理や当時のメンバーの動向は掴めると思う。