1997年8月14日。

最終審査が終わってから10日あまり、再び11人は東京に呼び集められた。シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディションの優勝者がついにこの日発表されるのだ。

予選会場に足を運んで1次審査を受けた参加者約9900人。その頂点が選ばれ4ヵ月にわたって繰り広げられたオーディションもようやく終わる。

安倍は即キープで最終審査に進んだこともあって「もしかすると」という期待を胸に上京してきていた。前日から泊まり込んでいたホテルでは飯田と同室だったが、飯田が「優勝は平家さんかなあ」と言っている横で期待の膨らみ過ぎた安倍の鼓動は高まるばかりだったという。

しかし、この時の合宿メンバーの仲間内の予想では「ロックボーカリスト」という募集で開催された以上、平家か石黒のどちらかだろうという予想に概ね落ち着いていた。安倍は岡村から「実写版綾波レイ」と言われるほどビジュアルとしてはアイドルに傾いていたし、福田は最終審査の歌審査直前のフラフラの状態を知られていたから、予想の中には入らなかった。

グランプリの栄冠は歌で抜群の力を見せ、合宿生活もダンスにも必死に取り組んだ平家みちよの頭上に輝くことになる。即戦力を求めていたはたけの要望とも合致していたし(11月のシャ乱Q武道館ライブに立たせることになっていた)、回りの参加者からもその実力を認められた栄冠となった。オーディション開始時から自分のことを「凡人」と言い続けた平家が凡人でなくなった瞬間だった。





落選を受けて後のモーニング娘。となる5人は最後の心境をこう述べている。



「ちっちゃい頃からずっと歌が好きで、何時間歌っても飽きないんですよ。だから私には歌しかないなと思って。売れなくても自分が好きな音楽をやっていけたらって思ってます」(福田)



「とりあえず、今の生活からは抜け出したいんで……。これからも人生冒険します」(中澤)



「ASAYANしかないから、オーディションって。だからASAYAN……また受けます」(安倍)



「やっと終わったって感じ……。(平家には)おめでとう、って。ホント嬉しかったし」(飯田)



「歌も頑張ってたし、ダンスも頑張ってたし、平家さんは自分より全部上だったんで、認められます」(石黒)

<コメント部『モーニング娘。5+3-1』より抜粋>

こうしてオーディションは終わり最終予選で敗れた面々もそれぞれの地元に帰って行くのだが、安倍は室蘭の自宅に帰るまで…いや帰ってからも泣き続けた。どん底まで落ち込んで泣いていた安倍のところには飛行機のスチュワーデスまでが慰めにやってきたという。機内で配るお菓子を差し出し「これ食べて元気出して」と、まるで子供をあやすようだった。この後何十回と羽田と千歳を往復することになる安倍はこのスチュワーデスの方と再会したという…

また、関西に向かう新幹線組の二人は平家が中澤に「整形した?」と最後の質問をしていた。もちろんこれは二人の中での笑い話なのだが、こちらは札幌組とはうって変わって明るい帰路となったようだった。

これでオーディションはすべて終了、誰もがそう思っていたがこの後事態は急展開を迎えることになる…



<つづけ>

*8で明日香の記述をちょっと足しました。