前回に引き続きモーニング娘。前史のことを。

1996年4月の時点でのモーニング娘。のオリジナルメンバー5人の年齢は以下の通り(シャ乱Qロックボーカリストオーディションは97年)。

中澤裕子(22) OL
石黒彩(17)  高校3年生
飯田圭織(14) 中学3年生
安倍なつみ(14)中学3年生
福田明日香(11)小学6年生

姐さんは大阪でOLとして働き始めて5回目の春。
上阪後の寮生活を経て一人暮らしにも慣れ、徐々に敷かれたレールが見えてきてしまい違う世界への冒険を夢見る日々。

彩っぺは高校1年の時にベースを買ってもらって以来バンド活動まっしぐら。しかもビジュアル系。札幌市内のライブハウスで歌っていたこともある。5月にASAYANの札幌オーディションに参加して予選を突破、東京のスタジオ審査にまで進んだものの落選。落選後、自分の写るASAYAの放送を見てダイエットを決意する。このオーディションって佐々木祐子が勝ち進んだやつだっけ?

カオリは7月のASAYAN札幌予選に『Body Feels EXIT』を歌って参加。「小室さんの彼女にしてください」の迷言を残すも本戦出場ならず。95年にはSONYのアルカリ乾電池のパッケージのモデルを務めたりもしたので、芸能界への志向は元々かなり強かったんだと思う。

なっちは中1の時にラジオから流れてきた『小さな頃』を聴いて立ち直ってからは歌手を夢見る少女となる。オーディションに参加するのは高校生になってからと親から言われ、そのときを待ち望む日々。この年のASAYANに参加しなかったのは結果論で考えればものすごく幸運だったと言えるかも。

明日香は家のカラオケで歌いこむ毎日と、あとはモダンバレエを習ったりする日々。この年に劇団に所属するものの目立った活動はせずに翌年のASAYANオーディションを迎える。家出経験があったり友達の家で裏○○○を見たり、なかなかやんちゃな小学生時代の真っただ中。

ちなみにハロプロキッズ最年少・萩原舞はこの年の2月生まれ。SKE48最年少にしてセンターに立つ松井珠理奈はまだ生まれていない。そりゃ世代の格差があるわけだ(笑

矢口は最近よくテレビ番組で披露している「自分がかわいいと思う写真」の中学2年生の頃。96年4月期のドラマ『みにくいアヒルの子』のオーディションに小学生役で受けるも落選。このドラマの岸谷五朗演じる主人公が自らのことを「おいら」と呼んでいたことから、後に矢口も自分のことを「おいら」と呼ぶようになる。

平家さんは高校2年。中華料理店でアルバイト中。ロックボーカリストオーディションの前にもASAYANで数回オーディションを受けていたというから、おそらくは96年のいずれかの大阪か名古屋の予選に参加しているはず。中1の紗耶香も96年当時からASAYANオーディションを受けていたが書類選考の段階であえなく落選。

高校1年生だった圭ちゃんはたぶんこの頃はコンビニで週5日のバイト中。メッシュ、カラコン、ルーズソックスのコギャル全盛時代。その後モーニング娘。加入までにヨーカ堂→CASA→マクドナルドとバイトを渡り歩いたらしく、けっこういまどきな感じのする高校生だったのかな。

その他、モーニング娘。以外のメンバーでは、りんねは広島の高校で、ソニンは神戸の中学でそれぞれ寮生活しており、親元を離れた厳しい環境で学生生活をしている。
公に芸能活動していたのは稲葉さんが大阪パフォーマンスドールとして活動していたくらい。


シャ乱Qロックボーカリストオーディションが始まる前の、つまりはハロープロジェクトの歴史が始まる前の1996年とはこんな時代だった。

当然今に繋がるモーニング娘。やハロプロがあるなんて誰もが思うはずもなく、つんくがプロデューサーとして名前を売るとも思ってなかった時代。こうして振り返ってみると、ASAYANそのものが求心力を持って時代と共に歩んでいたんだなと思う。「夢のオーディションバラエティ」とは言い得て妙だったんだなぁと…