2008年09月20日

潮目

1998年頃にモーニング娘。を馬鹿にしていた一部のSPEEDファンのようにはなりたくない。

昨年だか今年に入ってからか、そんなことを書いたように思う。

讃えるところは讃え、良いところは学び、そして自らの進歩のための糧とする…それは決して恥ずかしいことではない。…と、そんな風に思って書いたのだと記憶している。

でもそれは自分が思っていたことであって、けっきょく大勢は何も変わらなかった。
現実から目を背けた楽観視、他人を誹謗することでしか得られない自己満足の優越感、事態が悪化してから慌てる先読みの甘さ、その場だけの快楽に惑わされる単純さ…
どこぞ国の政治と何ら変わらない、ただ時間だけが過ぎていく虚しさが自分の心に漂う。

そんな気持ちの中、涼しくなってきたからか思うことがある。

…この夏から秋にかけてハロー!の回りを流れていた潮目は大きく変わったかもしれない、と。

これは1999年の『LOVEマシーン』の頃にも、2002年のハロプロ改編の時にも、2004年のなっちの卒業の時にも、2007年の春頃の一連の騒動の時にも感じなかったことだ。強いて言うなら安室奈美恵が出てきた時、SPEEDが出てきた時、広末涼子が出てきた時、そんなことを感じたかもしれない。

一つの時代が変わりつつあるのだと。

今は特定の誰が出てきたという話ではないが、それくらい大きく変わりつつあるのが今のハロー!の回りの流れだと思う。(はっきりと書けるようになるのはたぶん1年後くらい。渦中にいるときは説明は難しいので)

せつない風が吹き抜ける季節の変わり目がそう感じさせるのかもしれないが、諸状況を見てもおそらく今が渦中だと感じる。もしかしたら元の流れに戻る可能性はあるのかもしれないけど、年末くらいまでが時間的なリミットじゃないかなとも思う。

まあそれで自分のハロー!のメンバーに対する見方が変わるってわけではない。辞めていった明日香や紗耶香やりんね、ハロー!以外で言えば元ZONEの面々、古くはASAYANの亜波根さんやAISのメンバーたち、そんな彼女たちと同じように見ていくだけの話で、それは別にネガティブな話ではなく、過去は過去、現在は現在として受け止めて見るだけのこと。


…今これを書いていて気付いた。なっちや姐さんたちのこともハロー!のメンバーとしては自分はもう過去のこととして見ているんだなと。彼女たちにハロプロって枠はもういらないとさえ思っていて、彼女たちには直接個人の顔を見ている。

彼女たちのラジオ等での話を聞いていれば分かるけど、彼女たち自身もかつてのモーニング娘。での活動を過去のものとして「熱かったね」と振り返り懐かしむだけで、それを現在に対して引きずってどうこうって考えはない。要は一般人で言うところの学生時代を振り返って部活の話や受験の話をしているのと一緒なのだ。かつてのライバルも戦友として今はお酒を酌み交わし、結婚式ではみんなで歌を贈って涙を流す…

そこには何にも気負うところはない。懐古主義に陥っているわけでもなく、ただただ普通の人生の営み。昔の仲間が集まれば昔の話をする、そして現在の各々の個人の話をする、それだけのこと。彼女たちもモーニング娘。という枠組み、ハロプロという枠組みには気持ちの整理がついていると思う。

逆に言えばそういう整理のついている人たちと、ハロプロ内でこれから頑張るぞって人たちが同居していることにハロプロそのものの矛盾があると思う。これは今回の主旨とは違うので掘り下げないが、こういうところの修正も流れを元に戻す可能性の一つかもしれない。


今回これを書いたのは何も『ハロモニ@』が終わるってことだけではなく、例えばテレビを何気なく見ていて思うことだったり、コンビニに入って雑誌をチラ見して思うことだったり、mixiで検索をかけてたまたま見かけた女子高生の意見だったり、ごく普通の会話に上る一般人のハロー!や娘。への見方だったり、そこには否定や批難ですらなく「無」を感じることが多くなったからなのだ。前からそういう傾向はあったが、今年に入って他の女性グループが著しく台頭してきているから尚更そう感じる。

感じ方は人それぞれ。
客観的でないのは承知の上で、自分は潮目の変わる瞬間に立ち会っていると思う。

意地悪く言えば、今はとっても面白い時代ではある。
カオスから抜け出てくるのは果たしてグループか個人か、はたまたプロデューサーの顔なのか…潮の流れを読んだところが抜け出してくる。



m-16_67297 at 22:04│Comments(0)TrackBack(0)clip!妄言録 

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