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ちょっと疲れ中。

膨大な量の資料と乱れ飛ぶ諸説に頭がパンクしそうになる。特に市井脱退とASAYAN撤退は決定的な根拠がない中、妄想家さんたち各々が断片的に語るものだから全然話の筋が見えなくなってくる。調べていく過程で全体的な流れの中であの頃を捉えている説ってのは結局見当たらなかった。あまりにも断片的に語り過ぎて、逆に謎を深めてしまっている感すらあった。

そんなこともあり、ちょっと頭の中をリセットするために今回からは1999年のモーニング娘。の歩みをちょっとずつ振り返っていこうと思う。『Never Forget×Memory 青春の光 再考』では99年の年明けくらいのことまで詳しく書いたので、今回はそれ以降、『Memory 青春の光』が発売される頃からのことを振り返ってみる。『ふるさと』発売日より随分前からのことになってしまうが、「Memory 青春の光ツアー」の頃のメンバーたちの心情をわかっておかないと『ふるさと』で繋がらない部分があると思うので、以前書いたことと重複もあるけどおつき合いくださいませ。





ふるさと×LOVEマシーン×ハピサマ 考察(1)
ふるさと×LOVEマシーン×ハピサマ 考察(2)
の続き。




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1999年1月17日放送のASAYANにおいて福田明日香のモーニング娘。からの脱退が発表され、翌月の2月10日に新曲『Memory 青春の光』が発売されると、娘。たちのスケジュールはTV出演で埋めつくされる。その合間には「Memory青春の光ツアー」のレッスン、5thシングル『真夏の光線』のレコーディングも入っており、メンバーたちは明日香の脱退を現実的に悲しんでいる暇もなく毎日が過ぎていってしまったのではないだろうか。明日香もツアー最後の日までに『Never Forget』をギターの弾き語りで歌うつもりだったが、練習時間がなく断念している(未完成のものはASAYANでちょっとだけ披露された)。

さらにタンポポの3人はアルバム『TANPOPO 1』のレコーディング作業も並行して行い(2月末終了)、3月発売の新曲『Motto』のPV撮影のためにサンフランシスコまで2泊3日の弾丸ツアーを組んで出かけていっている(実質的には0泊3日。睡眠時間はほとんどなし)。これには和田さんも同行していて、当時サンフランシスコで合宿を行っていた太シス企画の後始末の意味もあるのかなと思う。

2月17日深夜(2月18日)にはゆずのオールナイトニッポンにゲスト出演していた中澤・石黒・保田の3人がゆずの岩沢と共に大田区の一リスナー・福田明日香さん宅に突撃訪問するということがあった。その時間なんと午前2時。突撃された方の明日香が労働基準法を気にしてしまうという滑稽さであった。これはゆずっ子・明日香に向けたささやかなプレゼント企画である。なお、明日香はゆずの他、エレファントカシマシ、グレープバインといったなかなか個性的な音楽的嗜好があったが、オーディション当時尊敬するアーティストにJUDY AND MARYのYUKIを挙げていたことはあまり知られていない。なっちとの関係性はこんなところから深まったのかもしれない。「ほかのメンバーに話せないことも、話せたりしたんだと思う。」(安倍なつみ『ALBUM 1998-2003』より)というなっちと明日香の関係であった。

その明日香だが、本体以外のスケジュールはなっちとのラジオの他に、『もう一人の明日香』の制作作業があった。あえて「制作」と書いたのはこの本は明日香の「語りおろし」であって、実際に執筆しているわけではないからだ。しかしその「語りおろし」した内容と、掲載された地元で撮りおろした写真の量を考えるとかなりの時間が使われたことは疑いようもない。地元の撮影場所選考には明日香の意向が強く反映されていたらしく、巻末のスタッフクレジットにも「Location Co-ordinator 福田明日香」の文字が見える。また、採用された写真も他の写真集に使われたカットとは一線を画しており、独特の雰囲気を漂わせた写真が多く使われている。このことからもスタッフたちはかなりの気合いを入れて、この本を作っていたのではないだろうか。

中澤姐さんは平家のみっちゃんと共に1月から『アイドルをさがせ!』のMCを務めている。その『アイさが』では2月23日放送にて「第1回平家みちよとモーニング娘。の妹分オーディション」を、3月2日放送にて「田中義剛プロデュースユニット」の募集を開始した。「Hello!」の第一次拡張期であり、ASAYANに頼らないオーディションの一発目である。後々のことになるが、このASAYANに頼らなかったおかげで「妹分オーディション」出身者とカントリー娘。は翌年のシャッフルユニット企画から外されてしまった。つまり逆を言えば2000年の色シャッフルユニットは「テレ東」ではなくASAYAN側の主導で行われていたものだと言える。この話は回を改めて詳しく。


この頃のメンバー同士の付き合いはどうだったかといえば<安倍-福田-市井><中澤-安倍><石黒-飯田><保田-市井><矢口-市井>といった線が親密だったように思う。なっちのところに明日香が泊まりにいったり、矢口と紗耶香が空き時間に浅草の花やしきに遊びに行ったのはこの頃だと記憶している。カオリはパラノイア・ダイアリーの連載を見るまでもなく情緒不安定で、タンポポのメンバーを始め、しょっちゅういざこざの引き金を引いていた。当時のVTRを今見直してもカオリのギスギス感はすごいものがある。

前年のなっちとカオリの二人暮らしは先にカオリが出ていったことで終わっていたが、なっちも99年初めにはその思い出の二人暮らしの部屋を後にしている(いずれも推定)。年が明けてからなっちがアイロンやストーブといった家電製品を新しく買い直しているのは引っ越しをしたからではないかと思う。その部屋に次に入ってきたのが圭ちゃんで、なっちが天井に星の蛍光シールを貼りっぱなしで出ていってしまったので、自分が出るときに不動産屋に「剥がしていってください」と言われたらしい。引っ越しするまでなっちの貼ったシールをそのままに圭ちゃんが寝ていたかと思うと、なんだか可笑しい。

また、この話から考えるに初期のメンバーたちは自分たちで部屋を借りずに、事務所が借りた部屋に住んでいたことが分かる。Y崎会長が語るところによれば、オリメンの5人の頃で月に500万は経費がかかったそうだから(ダンスレッスン料やボイトレ料を含む)、その投資分を少しあざとい手段で回収しようとするのは仕方ないと…多少の同情の余地はあるなと思った。


モーニング娘。初の全国ツアー「Memory青春の光ツアー」、初日は3月21日、北海道のZepp札幌で行われた。飛行機嫌いの姐さんはこの日の行きの飛行機の中で気を紛らわせるために、なっちにひたすら『だんご3兄弟』を歌わせていたそうだ。コンサートは初日ということで慣れない部分が多く、姐さんと圭ちゃんはステージのセンターで思いっきり正面衝突したりしてしまっている。

明日香が辞める直前に「よく8人で集まっていろんな話をした」という話が残っているが、この日の夜がその第1回目だった。この年は年が明けてからゴタゴタしていてソロ活動も多く、この日初めて8人だけの長い時間が作れたのである。最初になっちと明日香が圭ちゃんと紗耶香の部屋に集まって、そこにみんなが便乗(部屋割りは推定)。後から自分の部屋に戻ってきたらみんなが集まっていて圭ちゃんはびっくりしたそうな。

なっちと紗耶香は『大相撲ダイジェスト』を見て全く分からないのに論評しあって大笑い、カオリと明日香は詩の交換をしあって号泣、姐さんはそれらを見ながら一人ビールを傾ける…と、午前4時半頃までみんな好き勝手なことをしていたらしい。差し詰め8人版「ケンタのクリスマス」(当サイト「好きな空をめざすために」参照)といったところだろうか。たわいもない会話を交わしただけだが、それでも8人の絆を深めた夜であった。 明日香が辞めた時に「みんな集まっていろんな話をしてほしい」と言い残したのは、何も真面目な話ばかりではなく、こういった自然な絆の深まりの大切さを伝えたかった面もあったんじゃないのかな。



さて、その2日後、3月23日には後藤が初めて公の場に姿を現している。平尾ミュージックスクール主催の「ミュージックフェスティバル」に、同スクールの練習生だった後藤が参加して、安室奈美恵の『I HAVE NEVER SEEN』を歌ったのだ。この日に和田さんと初めて対面したとされているが、それは定かではない。

前年の12月に発売した姐さんと高山厳のデュエット曲『お台場ムーンライトセレナーデ』、この曲の作曲者が平尾ミュージックスクール主宰の平尾昌晃氏であったことから、後藤の加入にはいろいろと憶測が飛ぶことになった。しかし、これ以前からASAYANのオーディションに平尾ミュージックスクールのレッスン生が送り込まれていたということはあまり知られていない。

1996-1997年にデビュー予備軍AISで活躍した石井ゆき(紗耶香と同い年)もその一人だし、シャ乱Qロックボーカリストオーディションに出ていた高木裕希(当時中2)もそうである。予選でナインティナインの二人が大爆笑していた変なアフリカンダンスを踊るコといえば思い出す方もいるだろうか? 高木裕希は1998年末から始まった「小室哲哉オーディション1999」にも参加、しかしあえなく落選している。平尾MS出身だからといって必ずしも合格するとは限らないのである。

それらから考えても、後藤の採用の理由が『お台場ムーンライトセレナーデ』に端を発しているとは思えず、それ以前からのASAYAN、UF、平尾MSの関係の延長線上にあるものと考えた方がいいのではないだろうか。また、平尾昌晃-五木ひろし-堀内孝雄の仕事・交友関係もあるし、元々がUFと平尾昌晃は結びつきがあったのだ。ちなみに、先日の『歌ドキッ!』(2007.06.11放送)で矢口と堀内孝雄が歌っていた『カナダからの手紙』も平尾昌晃が作った曲である。滅多にこの番組に登場しなかった堀内孝雄が出てきてこの曲を歌ったことに、その関係の深さを感じるのである。

「付き合いのある芸能スクールからたまたま誘われて見に行った和田さんが後藤を発見して気になり、平尾MSにキープしてもらっていた」というあたりがオーディションに至るまでのいきさつだったのではないかと思う。和田さんもこの時点では後藤をモーニング娘。に入れるつもりではなく、自分の事務所(ハーモニープロモーション)のために唾をつけておいたのだろう。後藤がモーニング娘。に加入した後に、和田さんがメンバーたちに向かって「モーニング娘。の色に染めたくない」「後藤には何も言うな」と言っていたのは、99年末の解散の後、自分の事務所の持ち駒として期待していたからだったんじゃないかと思う。けっきょく後藤はUF本社に取られてしまうこととなり、それは後の梅田えりかや鈴木愛理の経緯と似ていて、和田さんの歯軋りが聞こえてきそうだ。



4月1日。中澤姐さんが「つんくが結婚する」と嘘をつかれて泣いた日である。今では思い出としてしれっと言ってしまうが、これは大変なスケジュールの中での出来事だった。娘。たちは前日の3月31日とこの日、中野サンプラザで「Memory青春の光ツアー」を行っていて、両日共に3公演、合計6公演をこなしている真っ最中だった。後のハロコンやユニット細分化した公演と違って、ほとんどを娘。たちがこなさなければならないから、メンバーたちはこの2日間を乗り切れるかどうかとても心配していた。しかもこの日は翌日のミュージックステーションに向けて深夜の2時まで練習を行っており、終わる頃にはみんな倒れそうにしていたという。明日香までも完全に壊れていたとか(矢口談)。

ちなみに翌日のMステは『Memory 青春の光』と『Never Forget』の二本立てで、しかもセットが曲ごとで2パターン用意されるという異例ともいえる厚遇の中での出演だった。メンバーたちはメドレー形式で歌う中セット間を移動しなければならず慌ただしかったが、それを逆手にとって2曲目の『Never Forget』ではメンバーたちが明日香に挨拶をしながら出だしのフォーメーションを組むという心憎い演出を見せてくれた。前日の練習の賜物である。また、その翌々日の4日にはHEY!HEY!HEY!収録でも『Never Forget』(歌ったのは『Never Forget』のみ)を歌っており、Mステと合わせて1日に練習していたのではないだろうか。

エイプリルフールの「つんくが結婚する」という「嘘」はマネージャーがメンバーたちをだまそうとしたのがコトの始まりだった。しかも娘。たちの女性マネージャーと結婚するという嘘である。嘘をついたマネージャーが和田さんかどうかは確認出来ないが、おそらく間違いないと思う。この日につんくがコンサート会場に足を運ぶことになっており、それをメンバーたちに報告するときについた嘘ではないだろうか。つんくの来場はASAYANとのVTR撮りの絡みもあるので、和田さんのようなASAYANスタッフと企画を練りあっているチーフマネージャークラスが現場を管理しているはずだと思うので。また、つんくを嘘のネタに使うことが出来るのも和田さんクラスのマネージャーでなければ怖くて出来まい。「今日、この場につんくが結婚の報告に来るぞ」という感じで言ったのではないかな。

この嘘には続きがあって、騙された娘。たちは、今度は会場に来るつんくを騙そうとしたらしい。「明日香が辞めるのをやめます」という嘘を計画していたらしいが、事情により断念したそうだ。この事情というのもちょっと気になることである。

たびたび書いていることなのだが、この時期に「つんくからメンバーたちに渡した秘密のプレゼント」というエピソードがある。つんくが「これはオマエたち8人とオレだけの秘密の品物だ」と言って当時の8人にあるプレゼントを渡したのである。つんくは「自分も仲間に入れて欲しい」と色違いの同じものを9つ用意して、一人一人に渡していった。そしてそれは今もなお公の場では語られることはなく、<永遠の8人>とつんくの約束は守り通されている。

このプレゼントを渡すシーンがASAYANの中であったはずなのだが、VTRをなくしてしまい、またハッキリと覚えているという方も現れず、自分の中でも時期を特定出来ずに困っていた。つんくとメンバー8人全員が会う機会は滅多にないので、もしかするとこの4月1日がプレゼントを渡した日だったのかもしれない。それだと「明日香が辞めるのをやめます」なんて嘘をついている場合じゃないはずだから…(ただし、Mステでシャ乱Qと共演した2月26日、ツアー最終日4月18日も候補)。


4月15日、モーニング娘。はTOKYO-FMのラジアンリミテッドにゲスト出演する。その中で「Song for 明日香」と題して卒業する明日香にメンバー7人がそれぞれの想いをこめて歌を贈っている。

安倍なつみ‥‥『M』プリンセスプリンセス
飯田圭織‥‥‥『Rainning』Cocco
石黒 彩‥‥‥『宝物』古内東子
矢口真里‥‥‥『青春の輝き』カーペンターズ
保田 圭‥‥‥『終わりなき旅』Mr.Children
市井紗耶香‥‥『想い出がいっぱい』H2O
中澤裕子‥‥‥『My Revolution』渡辺美里   (以上登場順)

この中にはカオリや矢口のように自分が大切にしている曲を贈っているメンバーもいた。旧メンバーたちはモーニング娘。の曲とは別に自分の中での<代表曲>みたいなものを持っていて(なっちだったらJUDY AND MARY『小さな頃から』だし、中澤姐さんだったら『ら・ら・ら』)、カオリと矢口の贈った曲はまさにこれだった。なっちは「いつも一緒にいたかった。隣で
笑ってたかった」と『M』の歌詞を言って思いを伝えている。彩っぺは明日香のことが『宝物』なんだといい、中澤姐さんは「これからの明日香にピッタリの曲だと思った」と『My Revolution』を選んでいる。紗耶香が贈った『想い出がいっぱい』は3月の紗耶香の中学の卒業式で歌ったそうで、後にこの曲は『FOLK SONG 5』でなっちがカバーしている。

また、番組の最後には娘。たちが明日香に「私達も負けないでがんばる」とそれぞれの約束をして「約束の扉」と名付けたスタジオのドアをくぐって退出した。(BGM『A MEMORY OF SUMMER '98』『さみしい日』)

矢口真里‥‥‥次に明日香と会うまでに明日香の身長を越す
市井紗耶香‥‥どんな山とかあってもくじけずに、ビッグになる
保田 圭‥‥‥スニーカーを履くときは靴下を履く
石黒 彩‥‥‥明日香の思い当たる1位を全部やってやる、見てろよ!
飯田圭織‥‥‥人に元気とか勇気とかを与えられる歌手に絶対なってやる
中澤裕子‥‥‥約束は嫌いだけど…モーニング娘。もやりつつ演歌を極めて目標である天童よしみに近づいていく。そのために、まず、腹筋をしていこうかなと。
安倍なつみ‥‥大きなシンガーになれるように、いろんなことに対して強くなれるようにがんばっていく
最後に
福田明日香‥‥大人になってもタバコは吸わない  (以上退出順)

中にはウケ狙いの約束もあったが、この中には後々まで守られていくことになる約束も含まれている。それが紗耶香の「ビッグになること」であり、なっちの「強くなること」である。紗耶香がモーニング娘。を辞めた後は圭ちゃんがその約束を引き継ぎ、『うたばん』でもそのことでいじられている。紗耶香が復帰してきてからは自分の記憶の限り「ビッグになる」発言は聞いたことがないが、封印していたのだろうか。

ラジオの翌日4月16日には再びミュージックステーションに出演し、今度は『Never Forget』だけを歌い、最後にタモリさんから花束をもらう。この日がASAYAN以外で明日香最後のTV収録となった。4thシングルの『Memory 青春の光』と『Never Forget』でMステに出演した回数、なんと4回。キムタクもラジオでMステでの明日香に言及するなど、出演者にも大きな印象を残して明日香は去っていった。ただし、この明日香最後のMステに共演していた明石家さんまの場のTPOを考えない態度は今見ても腹立たしいことを明記しておく。何年経っても「あの日の放送にさんまさえいなければ」と悔しい思いがあるのだ…

ツアー最終日、明日香最後の4月18日のことは発売されているDVDを見てもらえればわかると思う。泉正隆氏やタカハタ秀太氏が作ったこの日のライブビデオは時が経った今もなお色褪せることなく当時の感動を伝えてくれている。コンサートが終わった後、帰り際のメンバーたちの「最高のライブをやりきった」という達成感と、明日香の最後の日という切なさが入り交じった表情がものすごく良い。特に「今日の日はこれから先なっちが、しわしわのおばあちゃんになったって忘れません。ほんとに妹のように福ちゃんのことを愛しています」と言ったあとのなっちの表情、これがすべてを物語っているように思う。

この4月18日のライブを含め脱退する明日香にメンバーがコメントをする機会は多々あった。『MUSIC HAMMER』といったあまり知られていない番組にまで出て涙しているのだからびっくりする。まあ『MUSIC HAMMER』はフジのきくちさんの番組であるのだが。テレビ以外にも雑誌のインタビュー等でコメントを求められることがあったが、以下にファンクラブの会報に寄せられたメンバーから明日香への手紙を載せておく。


中澤裕子
「明日香との出逢いは今から思えば本当に不思議な出来事でした。
明日香を初めて知ったのはASAYANのシャ乱Qオーディション東京組がスタジオ登場した時で、明日香は黒い服を着て安室さんの歌をうたってました。私その時一般視聴者だったんですよ。TVの明日香を見て「この12歳すごいなあ」と思ってました。まさか、モーニング娘。として一緒に活動するようになるなんてねえ…。
そのオーディションで合宿した時はとにかく気になる存在でした。一番気になってた事はやはり年の差だったんですけど、それだけじゃないんですよ。なんなんだろ…かもしだしてる雰囲気というか、人とは違うオーラが出てた。
その当時ほとんど会話してないんですけど、1つだけめっちゃおもしろかった言葉があって、突然「中澤さん、一緒にレッツダンシングしましょう」って言ってきた時は私の頭の中は「?」マークでいっぱいになりました。
そういえばメンバーの中で私の事を“ゆうちゃん”と呼ぶようになるまで一番時間かかったのは明日香だった。だから“ゆうちゃん”と呼ばれた時は嬉しかった。最近は“リーダー”って呼ばれる事が多かったのもウケる。やっぱり思い出はいっぱい出てくるもんですね。
クロワッサンで私が明日香にめちゃギレした事、仮住まい状態になっていたホテルでクリスマスパーティーした事、イベント先の福岡空港で1人でラーメン食べて、おまけにかえ玉した事。
あっ!大変!!明日香にかりてたエヴァンゲリオンのビデオ返してない。それもまだ観てないっ! ごめん明日香ちゃんと返すからね。
あー思い出はつきません。
思い出はつきることはありません。これからも思い出はできていくものだから。
最後に明日香へのメッセージを書かせてください。

親愛なる明日香へ
明日香、ゆうちゃんは明日香の事だいすきだよ。
明日香がモーニング娘。を卒業した日の夜から、ずっとゆうちゃんの夢の中に明日香が出てくるんだ。夢の中でもゆうちゃんは泣いたりしてるよ。ダメなリーダーだね。
家で1人でボーっとしてる時、明日香の笑顔を思い出す。明日香の笑顔いいよね。ビー玉みたいなキラキラした目でニコッとしてる顔、本当にいい。そのきれいな目でまっすぐ前を向いて、楽しい子供時代をおくってかっこいい大人になってくれ。
また会おうね。                 ゆうちゃんより」

市井紗耶香
「Dear 明日香
Hello!!明日香 久しぶり、元気にしてた?モーニング娘。は相変わらず元気モリモリです。そうそう、勉強進んでますか? ちゃんと勉強すれば後は楽だヨ。
明日香がやめて少したつケド、今 思い出すといろーんなコトが頭にうかぶんだ。明日香と一緒に渋谷に行ったコト。明日香は東京人だから「渋谷ならまかせて!!」みたいな感じで案内してもらったよね。あとイベント先で一緒にゴジラを見に行ったコト。ちょうど面白い所にきた所で明日香が眠ってることもあったし…。
ホント、今 この手紙を書いていても明日香の笑顔が目に浮かびます。ハワイで一緒にこわれた日もあったね。明日香がどれだけ大きな存在だったかって思う。この仕事ってマジでメチャクチャ大変でくじけそうな時もあるけど、でも私、明日香に約束したよね。
「いつか1人立ちして<ビッグ>な人になってやる」って。
だから負けないよ。どんな大きな山があったって。

だから明日香、見守っててね。私には「ガンバレ」って応援してくれるみんながいるから。そして明日香にも、負けずにガンバレって応援してくれてる人がいるから、そのことを忘れないでね。
“サヨナラ”は言わない。だってまたいつか会えるじゃない。電話だってケータイもってるし、いつでも話せるもんね。
私はいつだって明日香の味方だよ。また今度、音楽について語ろうね。
                 大好きな明日香へ
                      From さやか」

矢口真里
「DEAR ASUKAへ
矢口が追加メンバーで入って5人との初対面のとき、みんな芸能人って感じで近づけなくてすごく怖くて緊張しているところに明日香が話しかけてくれたのを今でもよく覚えています! 何を話したかは舞い上がってて、あんまり覚えてないんだけど、本当にその日は明日香に助けられました。
そして、やっぱり新メンバーとはやく仲よくなってくれたのは明日香で、ホテルとかでよく語り合いました。ときには夜食べすぎて朝まで起きてたり、一緒にラジオ体操したりしました(笑) もー懐かしいです。あと、カラオケやゲーセンなんかも一緒にいったりして、本当に自分の妹みたいな存在でした!
そんな明日香でもたまに大人びたことを言って、矢口もちょっとムッとしたこともありました。でも今考え直したらあの時明日香の言ってたことは、正しかったんだなーと思いました。すごく大人っぽくて歌と踊り、話し上手な明日香だったけど、たまにみせる14才がすごくかわいくて、たまらんかったです(笑)
毎日会えないと思うとやっぱりさみしいけど、矢口は明日香がいつまでも大好きです。
これからもずーーっと!!
いつかまたどこかで遊ぼうね、あすか!!
                    FROM→MARIより」

飯田圭織
「明日香へ
元気かい? かおりは相変わらず元気娘だよ。明日香が今「お勉強してるんだ」って思ったら、かおりもがんばれるよ。本当に心から応援しているから、がんばりまっしょい!ネっ。いつも言ってるけど、モーニング娘。は永遠に8人だし、ずーっと仲間だからね。
明日香と初めて会った日から、もう1年半以上たったよネ。長いようで短かったナ。ほとんど毎日一緒にいたから、今はちょっとさみしいです。
明日香のいい所をおしえてあげるネ。まず前向きな事。何に対しても前向きでうらやましいよ。マイナス思考のかおりとしては本当うらやましいことなのだ。前向きは絶対大切っ! 何事にも後ろばっかり見てたらはじまんないもんネ。歌にもあるじゃない!“1日1歩3日で3歩”その言葉大好き。1日で少しでも前にすすめたらOKなの。で、気がつくといつのまにとっても成長してるんだよ。お勉強でも1日1コ英単語を覚えたら、1年で365コも覚えられるんだよ。とりあえず、あせらずマイペースにが一番大事だね。明日香はマイペースだし、頭の良い娘だから大丈夫だと思うけど、勉強だけじゃなくて、人生もそうだよネ。
かおりも今年18才だけど、マイペースに大人になろうと思ってる。マイペースにgoodなアーティストになるよ。明日香の書いた詞、すごく感動した。圭織も頑張るからね。それと、どっちが早くギター上手になるか勝負だね。今のところ明日香がリードだけどね。
まぁー会う機会は少なくなるけど、ずっと仲間だから、これからもよろしく。ちゃんと勉強しろよ。
I love you forever...           飯田圭織より」

保田圭
「Dear 明日香
明日香は初めて会った時すぐ話しかけてくれたね! カチコチの私に1番初めにうちとけてくれたのは、明日香だった。ホテルで朝方まで語ったり、一緒にラジオ体操したり、銭湯に行ったり…。明日香とは本当思い出がありすぎるね。1年しか一緒に仕事するコトが出来なかったケド、明日香から学んだことは、すごーーーーーーく沢山あります。
明日香は、大人の様な不思議な中学生だった。仕事してる時の明日香は、メンバーの中で一番大人だったのかもしれない。かと思えば、ふと中学生にもどって。そんな明日香が私は大好きだよ。これからもずっと…。
明日香!ずっと変わらずに、そのままマイペースな明日香でいてね。
また銭湯に行こう!!!               保田圭」

石黒彩
「DEAR 大好きなあすか
あすかとはじめて逢ったのは、シャ乱Qロックボーカリストオーディションの合宿バスの中だったね。ぱっと見てカワイくてやっぱ12才だった。けど、モーニング娘。の活動が始まってからは、マイペースなあすかにイライラしてばっかだったなあ…。私は自分のペースじゃなくて、5人組として行動する事ばかり考えてたから、なかなか仲良くなれなかったね。でもしばらくたって仲良くなれたのは、多分私もマイペースになってきたからかなっ!
あすかは大人ぶってるけどメチャ子供で、時々見せる子供あすか大スキだよ(笑)
あすかはいっぱい物を考える子。だからあんま考えすぎんなよ! でも悩んでてもマジで次の日忘れてるからナ…(笑) 私もそんな風になりたいわっ
あと、明日香と歌ってて、よく覚えてんのは、けっこう2人で歌ってたり、背中合わせの“キメ”があったり、コンサートとかもバシッっと決まると楽しかったよ。
まっ あすかーーー!
これからもがんばれよっっ! わたしたちももちろんがんばるよ。
でも私 あすかに逢えて良かった!
あすかもあやっぺに逢えて良かった?
返事まってるわ。じゃ、イイ人生送れよ。
                    FROM あやっぺ」

安倍なつみ
「初めて会ったのは合宿に行くバスの中で、第一印象は、『なんだか落ち着いた子だなぁ…。』でした。一緒にラジオの仕事をしていくうちに本当の意味で明日香はどんな子なのか分かっていった気がします。根はとってもまじめで自分の考えをしっかりともっている心優しい子。なっちが言うのも変だけど『子供だな…』って思うカワイイ部分も沢山あって、とってもマイペースで・・・おっちょこちょいな部分もあって・・・うん。全部ひっくるめて、明日香の事、大好きです。そんな明日香になっちは沢山沢山支えられてきました。

仕事での悩み、プライベートでの悩みを聞いてくれたり、一緒に映画見た事、家に泊まりに来て語り合って沢山笑った事。忘れないよ。ありがとね。 福ちゃん、これから先、沢山の人に出会ったり起こったりするけど…あなたはそのステキな心を持ち続けていてね。そして、1人じゃないからね。7人や全国のファンの人、今までお世話になったスタッフの方々本当に本当に沢山の人が福ちゃんの事、心から愛してるからね。安心して勉強・青春してね。じゃ、またメール送るね。おたがい頑張っていきまっしょい!

P.S.イモ言うでない!!わかったかナ?
from ライダーなっちんぐ。

こんど福ちゃんのスキなアイスクリーム
なっちが作ったげるネ。
               娘。 安倍なつみでした。」


中澤姐さんからクロワッサン事件の話が出てくるのはごく当たり前なのだが、「ケンタのクリスマス」まで出していて、やはり5人にとって大事な思い出なのだなあと再確認できる。また、明日香の「目」の話は、後にモーニング娘。のベストアルバムが出た時に姐さんが『Never Foget』と合わせて振り返っている。明日香の「アーモンドのような瞳」が好きだったと。
また、カオリも「永遠の8人」の話を出していて、メンバーの増員は「ない」と認識していることが分かる。あるいは、これ以降の増員が嫌で抑止力として言っていた可能性もあるが、それは斜に物を見過ぎだろうなと思う。ただただ純粋にこの時のメンバーたちはモーニング娘。は「8人」であると思っていたのだ。誰一人として欠けることのない「永遠の8人」として。

それは後の時代の「○○の○人」といった呼び方とは意味が違って、ファンの側からの呼称ではなく、「明日香が抜けた後もモーニング娘。は永遠に8人だから」というメンバーたち自身の「モーニング娘。」の捉え方だった。当時は「モーニング娘。は増減を繰り返すグループ」などという定説はなかったし、メンバーたちも解散はあってもこれ以上の増員は「ない」と踏んでいたからこそ、「永遠の8人」という捉え方が有り得たのだ。

もう一つ『もうひとりの明日香』より明日香へのメッセージを抜粋。


「明日香、あなたは悪い子です。裕ちゃんにこんな淋しい思いをさせるなんて。これからもっともっと8人で素敵な思い出作っていこうと思ってたのにさ。なーんて、イジワル言ってごめんね。
 若干13歳にして自分の夢を叶えて、14歳で自分の意思で新しい道に進んでいく明日香を尊敬するよ。明日香、約1年半お疲れ様。そして、ありがとう。
P.S. 8人のモーニング娘。は、私たちの心の中でずっと生き続けるんだからね。
  忘れんなよっ。           中澤裕子」

「妹 明日香へ
福ちゃん。これから先、沢山の事が起こったり、出会ったりすると思うけど、真っすぐに音楽を愛する心と<娘。>になって学んだ常に何かに向かって頑張る姿勢、そして皆で過ごした日々と思い出、感動の心を忘れないでね。そして七人はいつでも明日香の心の中にいる。絶対に一人じゃない。大丈夫だよ。安心して色んな事を学んでね。こんな事書いてる自分も、まだまだ弱い部分が沢山あって・・・。でもさっ前向きに頑張っていきましょいっ。ねっ。今は自分の子供を嫁に出す様な気持ちだよ(笑)また家に泊まりに来てちょ。語ろね
                 姉なっちより愛をこめて・・・」

そう。「8人のモーニング娘。」は彼女たちの心に生き続け、数々の試練と共に乗り切ったこの「5+3-1」の時代は彼女たちにとって特別な時代となっていく。やがて『Memory 青春の光』が特別な曲となり、『Never Forget』が旧メンたちの卒業に花をそえていくことになる。また、この時期に残した楽曲たちを「8人のモーニング娘。」たちは愛し続け、それぞれが一人立ちした今日に至って、楽曲は再び活躍する機会を与えられた。

明日香は辞めたあと、決して自分のいた時代のモーニング娘。の曲をカラオケ等で歌わないという。明日香は「つらかったボイストレーニングを思い出したくないから」と濁しているが、(明日香には自虐性、偽悪癖があるから)本当はそうではあるまい。曲を大切にし、メンバーたちとの思い出を大切にしているから、自分の中だけに封印しているのだろう。でなければ和田さんにつれてこられた中澤姐さんの娘。卒業コンサートで大泣きした明日香像は成り立つまい…


さて、その明日香卒業後、4月19日から娘。たちはポッカリとあいてしまった心の空洞を埋めることに苦心していくこととなる。メンバー間に芽生える不信感、ふるさとへの帰郷、そして挫折と永遠の別れ……「永遠の8人」の絆が早くも綻び始めてしまう。メンバーたちはもがいていた、そして苦悩していた。
それでもモーニング娘。は前に進んでいくしかなかった。「走り続ける」モーニング娘。はここから始まっている。


別れと挫折と苦悩、これをどう経験し、いかにして乗り切っていったのか、それはまた次回更新時にて。